「本当に可愛いわ、ジータ」

頬を染め、うっとりと目を細めるナマエに、ジータは「あははは……」と乾いた笑い声を出す他なかった。
事の発端はジータが新しいジョブを手に入れたことだった。洗練された美しい純白のドレスを身に纏い、あまねく刀剣を使いこなし味方に勝利の栄光を齎すと言われる、ザ・グローリー。必要だった素材集めを手伝ってくれたパーティーの面々に真っ先にお披露目しようと着なれないドレスに袖を通し、紅茶を楽しみながら戦闘の疲れを癒していた一団の元へ訪れたのなら。普段は慎ましやかで落ち着いていて淑女然とする筈のナマエが、ジータを視界に入れた途端に目を輝かせた。なにやら良くないスイッチを押してしまったらしい。
ぺたぺたと顔中を触られ、髪を手櫛で梳かすように撫でられ。年上で、由緒正しい家柄出身のお嬢様であるナマエを拒むことが出来ず、ジータは若干遠い目をしながら愛撫を受け入れていた。
妹さんのこと可愛がってるって言っていたから、わたしのこともそんな風に思ってくれているのかな……とか。抱き締められると甘くて、お花みたいな良い香りがする……とか。
ジータが思わずジッと目と鼻の先にあるナマエの顔を見つめると、ぎゅうと優しく両の手を握られる。

「ねえジータ。今度はわたしの服を着てみない? 五年くらい前のドレスならぴったりだと思うの。いいでしょう? 駄目?」
「えっ、あの……。はい、もちろん」
「本当? 嬉しい!」

花が飛んでいる。パアと満面の笑みを浮かべるナマエの背後には確かに、四季折々の花が飛んでいるようだった。
ナマエが、自分が団長を務める騎空団の一員が喜んでくれるのなら、とジータが為すがままになっていると、ナマエの後ろに透き通るような蒼色と燃えるような赤色を見つけてしまい、ふと我に返る。
二色のうちのひとり――パーシヴァルが、持っていた剣の柄でナマエの頭部を小突いた。

「いい加減にしろ」
「いたっ」

コツン。そんな可愛らしい効果音を聞いた気がする。
ジータの手を放し、ナマエは後ろを振り返った。力を入れた訳ではないが、不意打ちゆえに衝撃は多少あったらしい。ジータに向けていた視線とは打って変わって、ジト目がパーシヴァルを見る。

「なにをするの、パーシヴァル」
「団長が困っている。その辺にしておけ」
「あらあら。もしかしてヤキモチ? 男の嫉妬は可愛くないわよ」
「誰が……!」
「まあまあパーシヴァルさん。ナマエさんも。わたしは困ってなんかないですし、可愛がって貰えて嬉しいですよ。でも……」

ナマエとパーシヴァルを宥めながら、ジータはもうひとりの色――ルリアに視線を向けた。ティーカップを両手に持ち、なにかを言いたそうに中身の紅茶をゆらゆら揺らすルリアが、三人の視線が集中していることに気付かず、茶色の水面を見つめている。
ジータの意を酌んだナマエが言葉に詰まっているとジータが一歩、足を踏み出した。ルリアの名を呼んで、手を取って、後ろから抱き締めて。ふたりで一緒に、ナマエの眼前に躍り出る。

「着せ替えごっこするときは、ルリアが一緒だともっと嬉しいです!」
「ええ、もちろん」

ナマエは猛省する。ジータを着飾りたい気持ちが先走って、彼女の気持ちを蔑ろにしたこと。彼女を大切に思う女の子の気持ちに気づかなかったこと。間違いを正そうと注意してくれた男の気持ちを無下にしたこと。
膝を折って、小さな頭を撫でた。ナマエは戸惑っているルリアに微笑みかける。

「ごめんね、ルリア。別に仲間外れにした訳じゃないのよ? わたしのお下がりは貴女にはちょっと大きいかもしれないから、実家から妹の服を取り寄せるわ」
「いっ、いえ! わたしもそんなつもりじゃ……!」
「パーシヴァルも。……ごめんなさい」

ナマエに謝られるとは思っていなかったらしい。一瞬だけ、目を見開いたパーシヴァルだったが、次に瞬いた後には常の不遜な笑みを浮かべていた。

「貴様が素直だと気色が悪いな」
「……本当、可愛くない」
「可愛くなくて結構。……おい、行くぞ」

パーシヴァルは振り返らず、さっさと一室を後にする。ジータがルリアにするように、名前を呼ぶ訳ではない。手を取る訳でもない。ナマエがパーシヴァルの後ろをついて行くことが当然と思っている他ない態度だった。
ジータは思わず、ナマエを見た。最初こそ不貞腐れた顔をするのに、それは段々と薄れ、最終的には深い溜め息に変わっていた。テーブルの上に放置されたティーカップからナマエとパーシヴァルが使ったものを持って、扉の向こうへ消えて行ったが、ジータは見逃さなかった。
傲慢な男、と愚痴のようにつぶやきながら、ナマエが楽しそうに笑っていたことを。

プリムローズ・ポロネーズ
19'0106

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