わたしが銀ちゃんの彼女になってあげるね。
お節介焼きな親族一同からの毎年の「彼女はできた?」攻撃を「できてねーよ」と突っ返す銀時の恋人の座に立候補し続けてくれたのは、十も歳が離れた親戚の女の子だった。
お盆という家族や親戚が田舎に集まる昔ながらのイベントで子どもの中でも年長者だった銀時は、当然のように子守を命じられた。薄い敷布団で惰眠を貪っていると容赦なく叩き起こされ、やれ山で虫取りだ、やれ川で魚釣りだ、やれ海で砂遊びだと朝から晩まで大自然を駆け回る日々。それこそお盆の連休の最終日、我が家へ帰る頃には疲れ果ててしまい、銀時に懐いていた恋人候補のナマエが「銀ちゃんおうち帰っちゃ嫌!」と縋りついてくる小さな手を振りほどけない程だった。
そんなかつての昔懐かしい記憶を思い出しながら、銀時は愛車のハンドルを握っていた。大自然溢れる田舎へ行くのは三年ぶりだ。国語教師として教壇に立ってから、なんだかんだ忙しくて数年は親戚の集まりに参加できなかった。
一足早く向かった両親の話によると、銀時が一番の重役出勤らしい。遅刻とかなんとか言ってぜってェ力仕事やらされんだろうなァ。溜め息と共にやれやれと頭を大きく振って、咥えていた煙草を灰皿に押し当てて。銀時はタイヤが砂利と雑草を踏みつけ進んでいく感触を足裏に覚えつつも、アクセルを踏み込んだ。





「ナマエ?」
「……銀ちゃん?」

馴染みのない姿かたちの少女に、けれど見過ごせない以前の面影を見たものだから、反射的に声を掛けていた。半信半疑だった銀時と違ってナマエは直ぐに気づいたらしく、持っていたカゴいっぱいの野菜たちをその辺に放置したまま「銀ちゃん!」と駆け寄ってくる。
俺が知っている、俺のナマエだった。記憶の中にある笑顔と相違なく笑っている彼女は、相変わらず麦わら帽子がよく似合っていた。

「あらまァ、見ねえ間に大きくなっちゃって」
「ええ、そうかな? 銀ちゃん全然来てくれないんだもん、背くらい伸びるよ」
「お前今いくつになったよ。中三くらいだっけ」
「ジェーケー! 花の女子高生です!」
「え、マジで? もうそんななる? 俺の教え子と変わんねェじゃん、時間が経つの早え〜」

勝手に感慨深くなっていると「銀ちゃんなんかおっさん臭い」と言われてしまい、予想外の方向から殴られてダメージを受けることとなる。銀時が「うるせーな二十代はまだお兄さんだわ!」と反論したところで、ナマエは気にも留めていない様子だったが。
どことなく優雅に肩口の髪を払ったナマエが、ふんと鼻を鳴らした。

「女子高生になったのでナマエはカブト狩りを卒業しました。残念ながら銀ちゃんとはもう遊んであげられません」
「おいコラ誰がテメーの面倒見てやってたと思ってんだ? そもそも都会の少年少女は高校生以前にカブト狩りなんざしねェんだよ、この田舎芋娘が!」
「あっ、ちょっと、やめて! 麦わら帽子返して、今日は髪ぼさぼさなの!」
「別にいつもと変わんねェだろ。なーに色気づいてんだよ」
「……銀ちゃんのセクハラ」
「えっ?!」

ほんの少し前とは比べ物にならない大ダメージを受けた銀時がピシッと音を立てて固まってしまった隙に、ナマエはさっさと奪われた麦わら帽子を取り戻して被り直す。
ナマエと出会ってから早十数年。今の今まで可愛い彼女にそんなことを言われた覚えなんてなかったのに。「え? 今のセクハラになんの? 教育委員会案件?」とぶつぶつ呟いている駄目な大人を横目に、ナマエはむすっと唇を尖らせていた。

盂蘭盆にて
21'0722

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -