――次、正月に帰省すんだけど。
一也が青道の寮に入ってから一年と半年は経っているのに、家に帰ってくることを知らされたのは初めてだった。
自他共に認める連絡不精の幼馴染みは、男子高校生の癖にイマドキの話題に疎いし、携帯はガラケーのままだからメッセージアプリさえ碌に使えないし、電話など以ての他だった。前回のメールを確認すると「今日いる?」と雑な質問に「いるよ」と会場である球場から答えを返したっきり。お互いに意固地になっていることは自覚済みだが、いまさら一歩を踏み出すのは難しい。簡単じゃない。
だから、驚いた。基本的に質問や用件のみを伝えてくる一也が、わざわざ自分の近況を知らせてきたことに。
返信を誘導されているような、変にむず痒い気持ちになりながら、半ばヤケクソに初詣に誘ったのは、変わりたかったからだ。幼馴染みという名ばかりの他人で、曖昧な関係から。メールを送った一分ほど後に承諾の返事が届いてしまい、後に引けなくなったことを段々と実感し始める。こんなこと今までになかった。断られるとは微塵も思わなかったが、即答されるのは予想外だった。
私、一也に、告白するの?
真っ先に浮かんだ疑問は、その日から頭の中を堂々巡りし続けた。雷市がランニング中に頭からすっ転んでいても、三島が筋トレでバテて部室棟の裏で休んでいても、真田が茶道部で悠々とお茶を啜っていても。気が付かないくらい注意力散漫だった。部活がオフシーズンで良かったと思う。とてもじゃないが、試合や大会に集中できなかった。
あっという間に学校は冬休み、野球部は活動停止期間になった。十二月三十一日・大晦日の夜十時。行き先は近所の神社とはいえ、家まで迎えに来ると言ってくれた一也の言葉に甘えて、時間までリビングのソファでお茶を啜る。お母さんとおばあちゃんが茶々を入れてくるものだから、余計に落ち着かない。勘弁して欲しい。ピンポンとインターフォンが鳴った瞬間に、リビングを飛び出して玄関のドアを開けた。

「えっと……こんばんは?」
「なんで疑問形?」
「なんとなく?」
「久々に見た」
「え?」
「ナマエの私服」
「……私も一也が普通の眼鏡してるの、久々に見た」

「そうだっけ?」と言いながら歩き出す一也を追いかけて、隣を歩く。チラと盗み見た横顔は相変わらず整っていて、それらは見慣れたものであるはずなのに違和感を覚えてしまうのは、五センチくらい伸びた身長や逞しくなった肩の筋肉が原因なのだろう。球場のフェンス越しでは分からない成長に、距離を実感する。たった一年と八ヶ月なのに随分と遠くなってしまった。
中学校の頃まで、私の男の子の基準は一也だったのに。身体的特徴や考え方の違いを感じている対象は今、チームメイトの真田だった。一也の女の子の基準も私じゃない。少なからずマネージャーの子たちと仲良さそうに談笑する姿は何回も見た。生活圏を変えただけで、歳を取っただけで、幼馴染みの関係性なんて他人以下になる。
ああ、嫌だなあ。私、こんなに欲張りだった?
一也と違う高校を選んだのも、野球から距離を置いたのも、私だ。強引だったとはいえ野球部のマネージャーになったのも、むやみやたらと口説いてくるエースに落ちそうになったのも、私だった。変わることを嫌がっていたくせに、変わりたいと思った途端のこれだから、恋愛は面倒くさい。神社へ行って帰ってくる間に告白なんて夢のまた夢だ。
平常心を心掛けながら「青道はお休み三が日だけなんでしょ? いつ帰るの?」と無難な話題を振ると、鼻の頭をほのかに赤く染めた一也が肩を震わせながらマフラーに口元を埋めた。

「寮は開いてるから早めに帰るつもり。薬師は練習いつから?」
「始業式の日から。でも自主練すると思うし、初詣に誘われてるから年明け早々みんなに会うし、あんまりお休みな感じしないかも」
「…………その初詣って、」
「なあに」
「や。なんでもねえわ」

ふいと視線を逸らされて、眼鏡に遮られて、一也の顔が見えなくなった。不思議に思っていると落とされた視線の先が、今度は私のスカートから伸びる脚に向けられている。

「寒くねえの?」
「寒いよ。でもお洒落だもん」
「お洒落ねえ……」

無遠慮にスカートの下を凝視され、思わず身を固くする。スカートとブーツの間は素肌で、薄っすらと日焼けの跡が残っている。気恥ずかしくなって視線から逃れるように持っていたバッグを前に回すと、我に返ったと言わんばかりに顔が背けられた。不思議なんて可愛いものじゃなかった。一也が変だ。

「制服のスカートが短いのも、誰かに可愛く見られたいから?」
「…………それは」
「嫌だって言ったら? おまえが他の男と居るのも、野球部のマネしてんのも、全部気に入らねえ」

一也、本当に、変だ。
そんなこと気にするタイプじゃないくせに。昔から私が着飾ったりお洒落したりすると悪くないと言って、素直じゃない褒め方してくれたくせに。私が野球に興味を持って記録ノートやスコアブックを付け始めると頑張れと言って、素直に喜んで応援してくれたくせに。
子どもみたいな我が儘。私と同じだった。

「……そんなこと言われたら勘違いしちゃうよ」
「悪いけど、勘違いで終わらせられるほど大人じゃねえよ」

一也と私は幼馴染みだった。お互いにそれに執着して、意固地になっていた。本当は子どもっぽくて、独占欲が強くて、自己中心的だったのに。変なところで遠慮して、自分勝手に我慢していたんだ。
一也が次に口にする言葉。その言葉をずっとずっと待っていた。

「好きだ」

境界線にさようなら
20'0620

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