「デートしておいでよ」

素っ頓狂なことを言い出す黒の教団・室長は、相変わらず頭のネジがぶっ飛んでいるらしい。思わず「ハァ?」と不機嫌を隠さず眉間に皺を寄せる神田に、心の底から面白がっているコムイの笑い声は腹が立つだけだった。
ひとつ任務を終え、次の任務の話を聞いていた筈なのに。そういえば、と思い出したように語り始めたのが、島の祭りの話だった。コムイ曰く、「貿易が盛んな島だから、色々な文化圏のお店が出るらしいよ。たまには休息も必要だし、二人でゆっくりしておいで」とのこと。何故それがデートの話になるんだ……、と無言で口元を引き攣らせる神田を余所に、電話口からは楽しげな声が続く。

「あの子、華やかなお祭りとか好きじゃなかった?」





独特の鮮やかな装飾に目を焼かれ、生温い風と夕暮れの日を浴びていると、なにをやっているんだ……、と神田は頭を抱えたくなった。結論から言えば、神田とナマエは島の祭りへ行くことになった。コムイの言葉がトドメだった訳ではない。決して、断じて。次の目的地へ向かう船が、祭りの関係で欠航になっていた。
素っ頓狂な提案を受け入れることになったのは癪だったが、島を挙げての祭りは、簡単な観光に丁度良かった。屋台で気になるものを見つけたらしいナマエがひらひらと手招く。

「これはなあに?」
「なんでもかんでも俺に聞くな」
「だってジャパンのものでしょ? あなた日本人じゃない」

神田は口を噤んでナマエが指差すものを見る。色鮮やかな宝石や造花で飾られた細長い棒状の装身具。色取り取りのそれらが所狭しと店先に飾られていた。

「簪だよ」
「カンザシ?」
「髪飾りの一種だ」
「へえ……。素敵ね」
「……欲しいのか?」
「まさか。そんなに浮かれて見える?」

言いながら、名残惜しそうに視線を送っているのは、ナマエの瞳と同じ色の石や花がついた簪だった。見惚れているような、熱に浮かれているような。普段は片鱗すら感じさせない年頃の少女の顔を見た気がする。神田の視線に気づいたらしいナマエは、咳払いをひとつしてから早々に歩き出してしまう。
簪だけではない。本当は目に映るものすべてに興味津々だった。ナマエはナマエで、神田に気を使わせていると思ったらしい。あからさまに遠慮していますといった様子だった。実際はコムイの口車に乗せられ柄にもなくデートに誘った、それだけなのに。船の欠航なんて、暇つぶしの観光なんて、ていの良い口実だった。本当はナマエの喜ぶ顔が見たかった――なんて、咄嗟に思い至ったことは口が裂けても言わないが。
くそ、と心の中で悪態を吐いて、神田は遠ざかる背に呼びかける。

「……ひとりで浮かれて悪かったな」

いつの間にか手に持っていた簪。振り向いたナマエの髪を耳にかけるように一緒に、簪を挿す。驚いて見開かれた簪と同じ色の瞳が、ゆるゆると細められて笑った。

蝶か花か綺羅星か
20'0621

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