「生きてる?」

上から降ってくる声が言葉の重さと裏腹に軽い調子だったものだから、笑ってしまいそうになった。
自主練に付き合って欲しいという真田の申し出を快く承諾してくれたナマエは、Tシャツとショートパンツとサンダルそれから日傘……と完全に物見遊山の出で立ちで、集合場所である河川敷の公園に来た。
わざわざ持参したらしいメガホンやホイッスルで覇気のない声援を送りながら、或いはカウンターで諸々の回数をカウントしながら。自主練に励んでいる真田を眺める形で、日傘が作る影の中に小さく体を縮こまらせてベンチに腰掛けていた。とはいえ、柔軟のストレッチはていねいに手伝ってくれたし、素振りやシャドーピッチングは携帯のカメラで録画してくれた。なんだかんだちゃんと面倒見てくれるんだよな、と感慨深く思ったのもつかの間、真田が「今のフォームどうだった?」と振り返るとナマエは忽然と姿を消してしまっていた。
荷物はベンチの上に置かれたままだから、そう遠くへは行ってないはずだ。反射的に周囲を見渡すものの、炎天下のためか人っ子一人いない。聞こえてくるのは蝉の鳴き声と頭上を飛んでいる飛行機の音だけ。肩を落として項垂れて、芝生の上に大の字で寝転がって。真田の心が猛暑と疲労に折れそうになったときだ。
燦々と降り注ぐ日差しを遮るようにふっと大きな影が掛かった。まるい目を瞬かせながら冗談半分に生死の確認をされた。白い日傘を差したナマエが、倒れ込んだ真田を覗き込んでいる。

「なんとか。……でも夏舐めてた。やべえな。暑くて死にそう」
「お水買ってきたけど」
「えっ! マジ?」

飛び起きる真田から一歩後ろへ下がったナマエの手には、ビニール袋に入ったペットボトルが三本あった。薄っすらと結露するボトルの中で水がちゃぷんと揺れる。そのうちの一本を「お疲れ様」と労いの言葉と共に手渡してくれたので、有り難く受け取った。
ナマエが他の誰でもない真田のために、コンビニまで歩いて買いに行ってくれたのだと思うと、さっきまでの鬱々とした気持ちが一瞬で吹き飛んでしまう。我ながら現金なやつ、と真田は喉の奥で小さく笑った。

「何笑ってるの」
「いや、愛されてるなーと感動してた」
「……寝言は寝て言ってよ」

ふいっと逸らされた視線を追いかけたい衝動に駆られたが、髪の隙間から覗いた口元が僅かに緩んでいるように見えたものだから、大人しく眺めるだけに留めて置いた。照れ臭かったり恥ずかしかったりすると顔を隠してしまうのはナマエの癖だ。もったいないな、と思うことは間々あるが、そういう反応をされると微笑ましいと思うこともあるので嫌いじゃない。
触れた指先が微かな痛みを感じるくらい冷やされた水を、胃に流し込んで喉を潤す。からだの内側からじわじわと冷えていく感覚に身震いしながら「こんな美味い水飲んだの初めてだわ」と真田がおちゃらければ、ナマエは「嘘ばっかり」と呆れた顔でバッサリと切り捨てた。
あっという間に飲み干してしまった空のペットボトルを潰していると、ナマエが「まだ飲む?」と聞いてくれたので、お言葉に甘えて頷いておいた。律儀にキャップを緩めて差し出してくれた水を見つめて、ぱっと瞬間的に思いついたことを口にする。

「それ、そのままぶっかけてくんね?」
「え? 飲まないの?」
「ナマエが口移ししてくれんなら飲む」
「馬鹿。……ほんとにいいの?」
「いいよ」

許可を出したときの、ナマエの顔と言ったら。表情に出さないようにしていたのだろうが、はやる気持ちを抑えられていなかった。そわそわ、或いは、わくわくといった浮き立つ様子で、何歳になろうが水遊びの魅力にハマってしまうのは男女問わないようだ。
Tシャツを脱いで、タオルと一緒に放り投げて。スタートの合図を出すまでもなかった。

「冷てっ」

容赦なく頭の上からぶっかけられた水の冷たさに悲鳴を上げる。そんな真田を見て、ナマエは黙々と逆さまにしたペットボトルの水を浴びせ続けていたが、時間は十秒と持たなかった。五百ミリリットル程度の水は、真田の髪と上半身を濡らした後、渇いた地面へ吸い込まれて消えていく。
シャワーを浴びた後のような爽快感に浸っていると、顔面にタオルとTシャツを投げつけられた。しかも「いつまでもだらしない格好してないで」とナマエからのお小言付きで。「誰もいねえじゃん」と尤もらしいことを言えば「私がいるでしょ」と答えが返ってくるので、真田はへえと意外そうな声を上げた。ほんの少し前まで乗り気で楽しんでいたくせに、今更そんな些細なことを気にするタイプだと思わなかった。なるほど確かに、微妙に視線が合わない気がするのは、わざとらしい。
仕方なく頭の形にぺたんと落ち着いた髪をタオルで拭いていると、ナマエがつぶやく。空のペットボトルをビニール袋に詰めて、白い肌の上に滲む汗をぬぐいながら、うらめしそうな目を真田に向けた。

「人生で一回くらい部活後に水道シャワーやってみたかったな」
「なんで? やればいいじゃん」
「男子と一緒にしないでよ」
「すっぴんも可愛いんだから大丈夫だって」
「だからそういうことを……、っ!」

腕を引いて倒れ込んできた体を抱き留めた。開いたままの日傘が宙を舞って、ビニール袋が音を立て落下する。髪がべったりと張り付いている頸部に左手を差し込んで、十分に冷やされた手で撫でてみると、面白いくらい正直に肩が震えた。恐らくは真田の手から逃れたかったのだろう、突き出されたナマエの手のひらが胸に触れたかと思えば、温度の差と素肌の感触に戸惑うように、みるみるうちに力が抜けていくのが分かった。
先程と同様に顔を隠そうとする、もう片方の手を掴んでしまったのなら、今まで見えなかった表情が目の前に曝される。頭と背中を焼く太陽が暑い。触れているナマエの肌が熱い。ぽたりと垂れた雫がナマエの頬を流れていくのを見止めながら、真田は悪戯が成功した子どものように笑った。

「ちょっとは涼しくなった?」
「……あつい」

触れ合った個所から段々と温くなっているのは確かなものの、あきらかに真田よりナマエの体温の方が高いというのに。苦し紛れの一言を言い放ったナマエに「嘘つき」と真似て返した。

爛々と青く
20'0909

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