※ルーソル=ラモラック前提


「猫探し……ですか?」

頼みたいことがあるんです、と仰々しく前置きして依頼されたことが『宿屋に住み着いた野良猫探し』だったものだから、肩透かしを食らってしまった。
隣国の出身ながら学術と魔術をダルモア国で学んだ過去を持つ私と友好的な関係を続けてくれるフロレンス殿は、いつもはボリュームのあるスカートを摘まんでいる指先を頬に沿え、困ったような表情で小さく息を吐く。猫探しをしなければならない理由を事細かに詮索することはしなかったが、彼女の弟であるガウェイン殿が国内で信頼を回復するために必要なことらしい。断るつもりは更々なかったので二つ返事で頷いて快諾すると、フロレンス殿はどことなく安心したように微笑んだ。

「すみません……。私個人の客人であるあなたにこんなことを頼んでしまって」
「構いませんよ。フロレンス殿とガウェイン殿のお役に立てるなら、喜んでお引き受けします」

任せてください、と啖呵を切ったのはいいものの、手掛かりと言えば拠点である宿屋付近にいるだろうということと、太った野良猫ということの二点だけだ。猫は暗くて狭い場所を好む習性がある。加えて身軽で俊敏なため、屋根や外壁の上などの高所へ登ることもある。
ふと宿屋の隣の家を見上げると、屋根の高い場所に天窓があるのが見えた。それと同時に、屋根と天窓の間にお誂え向きの窪みがあることも。私の他にも猫探しの協力者はいるらしく、騎空団の少年少女と赤い竜、それから依頼主のハーヴィンの男性を紹介されたが、エリアを手分けして捜索中のため、周囲に人の姿はなく猫を呼ぶ声だけが聞こえてくる。今度は視線を足元に落とすと、やわらかい素材の布地が風に揺れた。今日の私の服装はスカートだった。フロレンス殿のスカートほど嵩張るタイプのものではないが、当然ながら足を上げたり屋根に登ったりするにはふさわしくない服装である。それ以前に知人にそんな姿を目撃されようものなら「なんてはしたない!」と一喝されて大目玉を食らいそうだ。しかし、今は私以外に誰もいないのだから、淑女らしかぬ行動に苦言を呈す者もいない。
スカートの裾を手に取って、邪魔にならない位置で一つに結ぶ。不格好な上に足が露出してしまったが、見目に構っていられないので目を瞑ることにする。最後の悪あがきに辺りを見回すものの、人の姿も猫の姿も見当たらなかった。小さくジャンプをして外壁に手をついて、屋根に登るタイミングを計っていた――そのとき。

「待って! ナマエさん、登らないで止まって!」
「えっ?」

聞き覚えのある声に止められて、声の持ち主を振り返ると、先程のハーヴィンの男性がこちらへ向かって走ってきた。記憶が確かなら紹介のときにルーソルと名乗っていたような気がする。そんなことを考えているといつの間にか側まで寄ってきたルーソル殿が、意地の悪そうな顔を浮かべながら皮肉っぽく笑ってみせた。

「猫ちゃんを真剣に探してくれるのは嬉しいけど、羽目を外し過ぎるのは感心しないなぁ?」

はっと我に返ったような、気が付いたような。あっという間に熱が顔に集中する。慌てたように結んだスカートを解いて、皺を伸ばして靡かせて。
穴があったら入りたいとは、正しく今の私のことを言うのだろうと思った。

「お見苦しいところをお見せして申し訳ありません……」
「僕が見てくるよ。気になるのは屋根の天窓があるところ?」
「は、はい!」

言うが早いか、ルーソル殿は地面を強く蹴って飛び上がると、あっという間に屋根上の天窓があるところまで登ってしまった。素晴らしいとしか言いようがない、鮮やかで軽やかな立ち振る舞い。サーカスや演劇団なら拍手喝采を浴びることだろう。
わあ、と称賛の声を上げた途端に、ふっと脳裏を過ぎった人物。突然のことに困惑する。姿かたちは似ても似つかないのに、強烈な既視感が頭から離れない。手足の筋肉の使い方が、手足をつく場所を選ぶ感覚が、初対面の人物の癖であるはずなのに、どこかで見たことがある気がするのだ。賑やかで明るい話し方すら、記憶の中の彼の人と被っているような気がしてくる。
いつの間にか地上に戻っていたルーソル殿が、私の顔を下から覗き込んできた。

「残念ながら猫ちゃんはいなかったよ。……ナマエさん?」
「あ……、ごめんなさい。ぼうっとしてしまって」
「どうしたの? 何か考え事?」
「いえ、その、ルーソル殿が……」
「僕が?」

躊躇ったのは一瞬だった。続きを促されるまま口にすれば、それは易々と喉を通った。
うつくしい過去の思い出を顧みることに夢中になっていた私は、目の前の彼がどんな顔をして賛辞を聞いていたのか――なんて、知る由もなかったのだ。

「ルーソル殿の軽やかな身のこなしが昔の知人に似ていたものだから、ついつい見惚れてしまいました」
「…………本当に、君は」

――昔から変わらないね。

「ルーソル殿?」
「いやいや、君はとても可愛らしいお嬢さんだなぁと思ってさ。……ちょっとお転婆みたいだけどね?」

にやりと口角を上げて笑いかけられて、治まったはずの熱が再発しそうになる。先程の失態を思い出しながら「そのことは忘れてください……」と申し出るのだが、ルーソル殿は「どうしよっかなぁ」と気のない返事をするだけだった。

目隠し奇談
20'1004

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