ドン・ボンゴレの耳に入れておきたい案件がある、と門外顧問機関のトップである父さんに呼び出されてCEDEF本部まで来たものの、蓋を開けてみれば電話で事足りるような世間話を二つ三つされた程度だったので、とてつもない脱力感に襲われた。勘弁してくれと頭を抱えている俺に構わず、父さんは「まあせっかく来たんだから茶でも飲んでけよ」と豪快に笑っていて、そこに反省の色は全く見られない。
案内された豪華な会議室から窓の外を眺めながらそわそわと膝を揺らしていると、四回のノックの後、スーツ姿のナマエさんが木製のサービスワゴンと共に入室してきた。
半年ぶりに会ったナマエさんは、随分と雰囲気が変わっていた。
ああ髪が伸びたんだ、と気がついたのは、紅茶を淹れる彼女の髪が頭を下げる度に、綺麗に舞うからだ。肩先までしかなかったはずの髪は、鎖骨の下辺りまで伸びている。こちらへ振り向くときが特に顕著で、茶葉の香りの後からナマエさんの香水がふわっと鼻を擽ったような気さえするものだから、顔の熱を誤魔化すためにティーカップの中身を一気に喉へ流し込んだ。

「熱っ!」
「だ、大丈夫ですか?!」

淹れたばかりの紅茶も、温められたティーカップも、受け止められない熱さだった。当然のように舌は火傷を負ってしまい、露骨に口を窄ませる俺を心配してくれたらしいナマエさんは、驚いたり慌てたりして取り乱す様子を見せながらも、一連の行動は素早かった。さすがの対応力と判断力を褒めるべきなのか、久しぶりの再会早々に失態を晒したことを謝るべきなのか。
氷を入れたグラスの水を差し出して、ナマエさんは程近いところにある椅子に腰を下ろす。「久しぶりに綱吉さんにお会いできて嬉しいです」と言って笑って、変わらない態度で接してくれるナマエさんに安堵しながら、俺がここを訪ねることになった元凶であり彼女の直属の上司でもある父さんについて聞いてみる。

「父さん、相変わらず無茶ばっかり言ってない?」
「親方様には私のような末端の者まで気にかけていただいてます。奈々さんや綱吉さんのこともよくお話されてますよ」
「えっ! ……そうなんだ。なんか恥ずかしいな」

ナマエさんからのまさかの返しに照れ臭くなったものの、今度は火傷に気をつけて少しずつ紅茶を飲んだ。まあ用事もなければ滅多に来ることもないし、今日は急ぎの予定もなかったし、たまには良かったのかな……、と俺が満足するように飲み干すと、間髪を容れずにおかわりをティーカップになみなみと注がれたものだから、瞠目して思考が停止する。笑んだままのナマエさんが「今度はミルクティーにしませんか?」と聞いてくるので、流されるままにうんと頷いたのなら、小さなピッチャーから垂れ落ちるミルクが、透明度の高い紅茶水色を濁らせていった。
それから追加で三杯ほど紅茶を飲んだ辺りで、とうとう胃が限界を迎えていた。人間の体は約六割が水分だと言うが、今ばっかりは七割近く液体なんじゃないかと思う。完全に飲み過ぎだった。いつもより膨らんだ腹が重たく水っぽい。飲んでも飲んでも、ナマエさんは次から次へとティーカップの中身を注いでくる。終わらないおかわりをし続けて、いつの間にか帰るタイミングを見失っていた。
不平不満があるわけじゃなかった。むしろ俺がナマエさんの貴重な時間を削っていないか心配になる。ナマエさんは俺をもてなすために、付きっきりで給仕しているのだ。当初の予定になかった来客なのだから、ナマエさんの本来の業務がおろそかになるのは本意ではない。
今度こそ最後の一口を飲み込んだ後、近づいてくるティーポットを手で制す。きょとんと瞬くナマエさんに苦笑しながら「そろそろ帰るよ、ごちそうさま」と席を立とうとすると、眉尻を下げたナマエさんが拒むような仕草で俺を引き止めた。

「……あと一杯だけ、飲んでいただけませんか?」
「え? でも……」
「この後の予定は空いてると聞いたので、ビスケットを焼いていて……。もうすぐ焼き上がるので、良かったら召し上がって欲しいです。……あ、でも、私といるのが退屈でしたら、もちろんお引止めしないので、遠慮なく言って欲しいんですが……」
「…………」

煮え切らない様子のナマエさんに、思わず言葉を失った。あんなに懇切丁寧にもてなして歓迎してくれて、あんなに手際よく不測の事態に対応してくれたのに。俺も俺で不器用で要領が悪い人間だが、ナマエさんも大概らしい。いつもきちんとしていて、父さんからも有能な部下であると評価されているナマエさんの、知らない一面を見た気がした。来客を帰らせないために強引に紅茶を注ぎ続ける――なんて、回りくどいことをしなくても一言「もっと一緒にいたい」と言えば、それだけで済むことだというのに。
浮いていた背中を椅子の背もたれにくっ付けて、空のティーカップをナマエさんの前に差し出す。もう飲めないと白旗を上げる胃袋には気づかないふりをして、「それじゃあ、もう一杯だけお願いしようかな」とおかわりを要求したのなら、ナマエさんは髪を揺らしながら綺麗に笑った。

愛と矛盾の美味しい食卓
20'1207

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