好きです、付き合ってください――そんな平々凡々な告白をしてくれた男の子は全然普通なんかじゃなかった。
吉田ヒロフミくんは同じ高校に通っている同級生だ。クラスは文系と理系で分かれていて、教室も校舎の端と端で離れていて、校内で鉢合わせることはほとんどない。独特の雰囲気と整った容姿から、目立つ部類の生徒だった。かくいう私も、会ったことも話したこともなかったが、彼の名前と人気くらいは知っていた。だからこそ吉田くんに呼び出されたときは驚いたのだし、その先に待っていたのは告白だったので卒倒しそうになった。
左耳に連なったピアスと、目が隠れるほど長い前髪。優等生らしくない出で立ちだというのに、真面目に礼儀正しく私のことを好きだと言う。あまつさえ付き合いたいと、恋人になりたいとそう言うのだ。考えるよりも先に差し出された手を掴んでしまった私は、とっくに吉田くんのことを好きになっていたのだと思う。ホクロのある口元が嬉しそうに綻んで、額を隠す前髪の隙間から物憂げな眼が笑んで。
馬鹿みたいにドキドキしてしまった。もう二度となかったことにできないくらいに。





――会いたい。公園で待ってる。
明け透けなメッセージが送られてきたものだから、私は足取りも軽やかに繁華街近くの公園へ向かった。ブランコや鉄棒など古寂びた遊具の横を通り抜け、街灯の下に設置されたベンチへ足を進めれば、男女二人分の話し声が聞こえてくる。鉛みたいに重くなった足を止め、唾を飲み込んだ後に息をひそめ、思わず身を隠してしまったのは人間の本能のようなものだった。
差出人である吉田くんは知らない女の人と話し込んでいた。グレーのスーツと黒い艶々のパンプス。いかにも大人の女性といった恰好の女の人が、吉田くんに何かを必死に訴えている。
段々とヒートアップする一方的な会話と、縋りつくように伸ばされた手と。すべてを拒絶するかのように吉田くんはハアと短く息を吐いた。

「俺、もう会わないって言ったよな」

感情が抜け落ちた無機質な声だった。乱暴で粗雑な口ぶり。冷酷で冷淡な声色。その声の持ち主が吉田くんだと分かっているのに、脳内が理解して処理するのに数秒の時間を必要とした。もともと理解できていなかった二人の関係性が、もっと分からなくなった。
私がいることに気づいたらしい吉田くんは、ひらひらと手を振って微笑んできて、それからその手を女の人の肩へ落とす。離れた場所にいる私の目にも見えるくらい、華奢な肩が大きく跳ね上がった。まるで怯えているような、或いは怖がっているような。吉田くんはそんなことお構いなしに耳へ唇を寄せ、何かしらを囁いた後に「そういうことだから」と意味深なことを言い、今に泣き出してしまいそうな女の人を容赦なく帰らせてしまった。
つい数秒前に女の人を追い払った手が、今度は私を上機嫌に手招く。大きな手に誘われるまま吉田くんの元へ歩み寄り、二人一緒にベンチに腰を下ろした。いつもなら遠慮がちに私が手を繋ぎたいと言って強請って、ぱちぱちと目を瞬かせた吉田くんがもちろんと手を差し出して。微かな体温を分け合い温め合うことが嬉しくて幸せであるはずなのに、今日ばかりは指の先まで冷えている。吉田くんに触れたい気持ちがすっかりなくなっていた。
宙ぶらりんの私の手を、吉田くんは無言でぎゅっと握る。止まった血を通わすように指を擦りつけられ、輪郭をなぞるように柔く撫でられ、萎んでしまったはずの気持ちが簡単に膨らんで弾けそうになった。我ながら単純すぎる。たったこれだけのことで胸はドキドキして苦しくなるし、頭は熱に浮かされて痛くなるのだから。
手のひらで転がされるどころか指先で爪弾かれて弄ばれる気分になりながら、喉の奥につかえていたものを吐き出すように口を開く。紡ぐ言葉を悩んでいる頭の片隅で、真っ黒なパンプスが艶々と光った。

「ね、さっきの女の人……」
「気になる?」
「……そういう訳じゃ……」
「うそだよ。意地悪言ってごめん。仕事で少しだけ関わったことがある人。ただそれだけ」
「仕事って……、デビルハンターの?」
「そ」

短く返して、吉田くんは「今度はうそじゃないぜ」と笑った。
吉田くんから「俺、仕事してるんだ」と男子高校生らしかぬことを言われたとき、最初は冗談かと思った。渇いた笑いを浮かべ、おずおずと冗談かどうかを尋ねれば、吉田くんはきょとんと首を傾げていた。そして暫く考え込んだ後に何かを閃いたような顔を見せ、私の手を取った。強引に引き寄せられて、肩口の髪の毛を横に払われて。消えてしまいそうなくらい小さな声でささやかれた。八本足の海産軟体動物の名前。悪魔の名前。吉田くんがその名を口にした途端に見たぞっとするほどいとわしい光景を、私は一生忘れられないだろう。
それでも私は吉田くんが好きだ。彼のことが怖いから別れたいとはこれっぽっちも思わなかった。
いつものように手を握り返してみると、嬉しそうに口元を緩ませてくれる。恋人であることを強調するように、指と指の間を絡ませ合って繋いでくれる。吉田くんはとても優しかった。私がして欲しいと言ったことをしてくれるし、困ってしまうくらい丁重に丁寧に接してくれる。吉田くんと付き合っていることに不満なんてない。そんなことあるはずがないのに。
いつまでも頭の中でちかちかと散って光って、艶のあるそれは一向に消えてくれなかった。

「吉田くんって」
「うん、なに?」
「…………なんでもない」

彼のことを知る勇気はない。そんなものがあるのなら、私はとうの昔に彼の隣にいられなくなっている。
唇を噛んで黙り込む私を見て、吉田くんは柔らかく目を細める。か弱くて愛しくて仕方がないものを見つめている。吉田くんが私の頭を撫でながら、うっそりと笑んで言った。

「本当にかわいいな、ミョウジさん」

馬鹿な子ほどかわいい
20'1207

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