「スイカに塩かけたらさァ、甘くなるって言うじゃん」

グラスに水滴を浮かべ温くなった麦茶を一口含んだところで、隣に座っている銀時にそう話しかけられた。
従業員二人を欠いた社長と二人きりの万事屋の居間は、揃って口を閉じてしまえば一瞬で静まり返ってしまう。間に机を挟んだ向かい合わせの形ではなく、あえて横に腰を据えた意図は一先ず置いておいて。ブウンと微かな電子音を鳴らしながら扇風機が忙しなく首を振っている中で、年がら年中ジャージと着流しを纏っている男は、くし切りにされたスイカを手に持ち一心にそれを見つめていた。
返答を求めているような口振りではなかったものだから大人しく口を噤んでいると、案の定。銀時は今にも果汁が溢れそうな瑞々しいスイカに視線を注いだまま、ぼそぼそと言葉を続けた。

「ありゃ嘘だね。ちゃちな小細工でスイカが甘くなんなら、糖度とか等級とか関係ねェじゃん。全部に塩ぶっかけちまえばいいってことじゃん。世の中もスイカもそんな甘くねえっつーの」
「……その心は?」

欠片も視線を寄こさない横顔を覗き込むように問うてみる。と、私が話題に興味を持ったと解釈したらしい銀時が、これ見よがしに深い溜め息を吐いた。

「依頼の報酬に貰ったスイカが美味くねェ」

つーか不味い。いつもは離れている目と眉の間にきゅっと皺が寄っていて、不平不満をあらわに文句を垂れている。
旬の時期とはいえ、大玉スイカは安価な品ではない。むしろ万年金欠である万事屋の食卓には似つかわしくない一品なのだが、切れ端からも推測できるほど立派なスイカをどこで手に入れたのかと思っていれば、なるほど、依頼の報酬の一部らしい。
間の悪いことに茶棚にある角砂糖も、冷蔵庫の奥に隠し持つ練乳も、甘さを追加できる調味料はとことん在庫切れで。ほんの淡い期待を抱きつつ塩を振りかけたものの、自他共に認める甘党の銀時には物足りなかったらしい。そもそもスイカに食塩をかけたところで甘さ自体が増す訳ではなく、味の対比効果で元々の甘みを強く感じるだけだというのに。
あーん、と目の間に差し出されたそれを、瞬きながらまじまじと見る。大きな一口サイズに頂だけが抉り取られてしまった、間抜けな形のくし切りスイカ。

「食ってみ」
「うん」

手ずから食べさせてくれる銀時にならって、あーん、という掛け声と共に赤い果肉に齧りついた。噛みちぎったスイカを口の中で転がしてみると途端に爽やかな風味が広がって、鼻へ抜けて。そのまましゃくしゃくと咀嚼してじっくりと味わおうとしたところで、真っ赤に熟れた見た目に反して水っぽさが段々と増加するのを感じてしまい、自然と口がへの字に曲がっていく。端的に言えば、味がとても薄い。
何とも言えない顔をして黙りこくる私を見て、銀時は同意を得られたとばかりにへらりと笑んだ。

「な?」
「……確かに微妙」
「だろ? こんな重てェもんわざわざ持ち帰って損した気分だわ」

欲張んねェで神楽にやりゃ良かった、などと大人げない台詞を言っているのはともかく。楽しみだったのだろう食後のデザート代わりのスイカから一切の興味を失った銀時は、分かりやすく肩を落として二度目の溜め息を吐いた。
二人分の歯形がついたスイカと、項垂れる銀時の口元を順々に見て、それから自身の唇をぺろりと舐めた。生温い麦茶と甘くないスイカによって濡らされたそこは、十分すぎるほど艶々と潤っている。
肩を叩いて視線だけ寄こしてきた銀時の顔を、再び覗き込む。

「私、甘くする他の方法知ってるよ」
「え、マジ? 何それ、教えて」

反射的にこちらを向いて身を乗り出した銀時の、弛んだ袖を引っ張った勢いのまま唇を重ねた。
ぼとり、と。手から零れ落ちた食べかけのスイカがぐちゃぐちゃにひしゃげてしまったのを横目に、薄い皮膚の触れ合いからちゅっと音を立てて解放してやると、キスを受け入れるがままだった男は顔を赤らめて暫く硬直していた。きょろきょろと目を泳がせて、だらだらと脂汗を滲ませて。ようやく我に返ったかと思えば、本日三度目となる溜め息を長々と吐き出した後に、両肩を包むように抱き込まれてあっという間に抱擁されてしまった。
暑くて熱い腕の中の温度に、ふっと笑みが零れた。

「……ベタすぎた?」
「いや…………ベタ最高」

未完熟
21'0831

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -