昔からお酒が嫌いだった。舌を痺れさせるような味も、喉を焼けさせるような熱も。体内に取り込んだ途端に、理性と知性をぐらぐらと揺らしてしまう麻痺に近い感覚も。私のあずかり知らないところで私が支配される気がするから、お酒が嫌いだった。
こんな体質になってしまったのは他でもない、勝利の美酒だ祝杯だと戦が終わる度に浴びるほどお酒を飲んで、明け方には死屍累々といった様子で床に転がっている男たちを見てきたせいかもしれない。
深夜に自宅兼事務所に帰ってきた銀時は酔っていた。それはもう、前後不覚と言っていいくらいふらふらの千鳥足で泥酔し切っていた。
顔を真っ赤にしながら酔っぱらいに肩を貸して家まで送り届けてくれた長谷川さんにお礼を言い、同じように顔を赤くして未だにお酒を持ってこいとふざけたことを言う銀時を「日本語が喋れるようになるまで出てこないで」と言い放ってからトイレへ押し込んだ。しばらくはいつもよりも乱暴な口調で文句を言ったり悪態を吐いたりしていたのだが、そのうちに咳き込んだりえずいたりする声が断続的に聞こえてきた。
十分ほど時間が経った頃、ようやく水が流れる音と共にトイレから出てきた銀時は、顔を青ざめさせて口元を拭っている。心なしか元気のない足取りでこちらへ寄ってきて「ナマエちゃん水……」と弱々しくつぶやくものだから、居間のソファへ座るように促してから既に用意していたコップの水を手渡してやると、一気にそれを飲み干してから酒臭い息を吐き出した。
無意識だったのだが、そのときの心情が顔に出ていたらしい。私の顔を見た銀時が露骨に頬を引きつらせた。

「その虫を見るような目ヤメテ」
「虫じゃなかったら何? ゴミ?」
「……堪忍してつかぁさい」

今日は調子が良くてさ、酒も美味くてさァ……、と何度目なのか分からない言い訳をする銀時の言葉を聞き流しながら、左隣へ座る。ちらっと顔を盗み見ると、頬を赤らめながらも眉を寄せていて気分が優れないことが窺えた。背中へ手を伸ばして掌でゆっくりとさすってやれば、銀時は一瞬驚いて息を詰まらせつつも、私に身を委ねるように段々と体の力を抜いていった。
どのくらいの時間が経ったのだろう。聞こえてくるのはかちかちと刻まれる時計の秒針と微かに漏れ出る神楽ちゃんのいびき。それから私が銀時の背中を撫でつけている着物の擦れる音。それ以外は何も聞こえない、静かな夜だった。

「ナマエ、ナマエ」

密やかに名前を呼ばれ、思わず手を止めた。どことなく覇気が戻ったように感じられる話し方に、体調が回復したのか尋ねようとして――開いた口から言葉は出ず、代わりに動悸が原因の吐息が零れ落ちる。
いつの間にか私の腰に回された銀時の手が、腰から腿のラインをなぞるように這っていた。

「……な、いいだろ?」
「嫌」

駄目じゃないけれど、嫌だ。
私がぴしゃりと撥ねつけると、銀時は瞬いた後に顔をだらしなく緩めながら「またまたァ〜」としなだれかかってくる。これだから酔っぱらいは面倒臭いし嫌いだ。無遠慮に服の上から肌を求め弄ろうとする大きな手を引っぺがし、手足を使い全力で拒みにかかるのだが、いかんせん銀時は馬鹿みたいに力が強い。私は血管を浮き上がらせる勢いで力を込めているのに、余裕の表情で上に圧し掛かってくる。
名前を呼ばれる度にふわっと鼻を擽るアルコール臭に頭をぐらぐら揺さぶられる。そんなつもりは微塵もないのに変な気持ちになってしまいそうだ。奥歯を噛み締めて眼前の顔を睨み上げると、酒と熱に浮かされた男が私を見下ろしていた。鋭い視線のまま自由が利く口で御託を並べたところで、銀時はどこ吹く風だった。

「お酒の力を借りないと女を誘えないようなろくでなしと寝てもつまらないでしょ」
「大丈夫だって。お前の魅力ならすぐ元気になっから」
「ベロベロに酔っぱらったマグロがよく言う……」
「俺は下で大人しくしてるからお前が上で好きに動いてくれていいからさァ」
「尽くすより尽くされるタイプなの」
「そんじゃ、やっぱこのまま続行だな」

言いながらふうっと息を吹きかけられ、鼻から抜けるような濃いお酒の匂いに怯んでしまったのが決め手だった。あっという間に銀時に押し倒される。唇を割って生暖かい舌が入り込んで、両足を割くように膝が差し入れられて。酔っぱらっていたのが嘘のような見事な手腕に目を白黒させているうちに、味覚も嗅覚も嫌いであるはずのそれに支配されていく。私の知らないところを勝手に踏みにじって犯していく。
血行が良くなったのか、或いは単なる充血なのか。いつもより赤く見える銀時の目に理性と知性が焦がされるようだった。手前勝手につけられた火は、そうそう簡単に消えてくれそうにない。
ああもう嫌だ。勘弁して欲しい。お酒なんて大嫌いだ。

トゥーランドット
21'0109

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