「相席いいかしら」

そう言った女は、俺が許可を出す前に縁台に腰を下ろした。
新たな来客に気づいたらしい茶屋の店員が、暖簾を掻き分け店の奥から早足で歩いてくる。店員に「みたらしとよもぎの団子、それから玄米茶」とメニュー表も見ず矢継ぎ早に注文を入れた女は、旅荷と思われる小さな風呂敷包みを肩から下ろし、手持ち無沙汰に遠くの景色を眺めているように窺えた。
断言できなかったのは、女が編傘を被っていたからだ。声は若かった。動く度に毛先が揺れる髪も艶があるし、手指の肌も瑞々しくしなやかだ。十代……いや、控えめな色味の着物から察するに二十代かもしれない。人一人分ほどの間を空け、横に座っている女を盗み見ながら、そんなどうでもいいことを考える。
ここ数週間の考えごとといえば、もっぱら連れ立つ少年のことだ。虚なのかも松陽なのかも分からない、驚異の速度で成長を続ける人間ではない何か。龍穴から出現したそれを引き取ったものの、息衝いた命を終わらせることができず、限りなく低い可能性に藁にも縋る思いで、ただただ時間を共に過ごしている。ときどきは酒を飲んだり甘味を食べたり、他ごとを考えていないと、正直やっていられなかった。
ふと、女の視線がこちらへ向いた。反射的にぎくりとする。いつの間にか盗み見どころか、真正面からガン見してしまっていた。内心冷や汗をかく俺が目を逸らす前に、編傘のふちからまるい目玉が二つ覗く。
あれこれと考えを巡らせたままの、年若い女だった。彼女は無言のままこちらを見つめている。編傘のふちを持ち上げ、わざわざ視界を開いて。どうしようタイミング失った……、と焦燥感から顔を引きつらせ脂汗を垂れ流す俺に構わず、ジッと強い眼力で真っ直ぐに射抜いてくる。

「……」
「……」
「…………ふっ」

一転、女は吹き出した。
俺が「え? ええ?」と混乱していることなどそっちのけで、くつくつと肩を震わせ笑っている。段々と肩の震えが小さくなったかと思えば、顔を覆っていた手を外し、下から覗き込むように目が上を向いた。

「見ない間に少しは男前になったかと思ったら、なぁにしみったれたツラしてんのよ銀時ィ」
「は……? おまっ、まさか……ナマエ、か?」
「当たり」

軽く手を上げながら、にいと無邪気に笑ってみせた女の顔は、確かに見覚えがあった。少女から女に様変わりした中でも、笑顔に面影の片鱗が残されていた。いくら覚えがあるとはいえ、言われてみれば程度に過ぎないけれど。
ナマエに最後に会ったのは、攘夷戦争のときだ。松下村塾門下生の中でも一足早く戦線を離脱した彼女は、終戦後も会わずにそれっきりになっていた。高杉はともかく、ヅラからも辰馬からもナマエの話題は一切聞かなかった。顔が広く義理堅い二人が彼女の名前を口にしないのは、そういうことだと勝手に思っていた。彼女は戦争を忘れ、過去に囚われず、普通に生きているのだと、そう思っていたのに。いまさらどうして。

「なんでここに……」
「昨日アンタが泊まった旅籠のご主人と仲良いの、私」

ナマエがそう言って結び目を解き、編傘を外したタイミングで、店員が申しつけた団子と茶を持ってきた。たっぷりの甘いタレがついたみたらし団子と、粒あんが上に乗せられた緑色のよもぎ団子。みたらし美味そう、と場違いなことを考える俺をよそに、彼女は早速皿に手をつける。
左手を受け皿のごとく添え、小さい口でよもぎ団子を食べた。そして頬を膨らませて咀嚼しながら、記憶を呼び起こすように目を細める。

「珍しい風貌の男がいたって噂になってたから聞いてみたら、赤目の銀髪って言うじゃない。そんなナリしてるやつ他にいないわよ。子連れとは夢にも思わなかったけど」
「ああ、いや、こいつは……」
「銀時」

言葉に詰まる俺を制すように、名前を呼ばれた。噛み砕いた団子を茶で流し込んだ喉がこくんと鳴った。

「アンタが……アンタらが何をしようとしてるのなんて、知らない。別に知りたくない。でもきっとまだ戦ってるんでしょう。廃刀令のご時世にそんなもん腰にぶら下げちゃって、本当に男っていつまで経っても全然変わらないんだから」

不意に、ナマエと一緒にいた頃の記憶が蘇る。あの頃の俺たちは今以上に馬鹿で、ろくでもない悪ガキだった。「まったくいい加減にしなさいよアンタたちは! もう!」と何故か母親目線で叱ってくるのがヅラで、「いつまでも馬鹿やってないで成長しなさいよ男子」とクラスの女子目線で蔑んでくるのがナマエだった。
ふっと思わず笑ってしまう。久しぶりに緩んだ表情筋が軋んだ気がして、余計に可笑しかった。

「お前だって変わってねェよ。ガキの頃からいつも俺を真っ先に見つけやがって。俺からしたら、お前もいつまでもクソ生意気でかくれんぼの鬼が得意な、相弟子のミョウジナマエのままだよ」
「……そう。ならよかった。まだまだ歳は取りたくないもの」

会ってから初めて安心したような柔らかい表情を見せられ、心配をかけさせていたのかな、と思う。ナマエは松陽の顔を知っている。幼子といえど瓜二つの少年の顔に思うところはあるだろうに、詮索されないのは有難かった。
よもぎ団子を食べ終わったナマエが、串をお盆の上に置いた。湯呑に残った茶を飲み干し、風呂敷包みを肩に結び直し、最後に編傘を手に立ち上がる。

「じゃ、せいぜい地球の未来のために頑張りなさい。生きてたらまた見つけてあげる」
「……みたらし食わねェの」
「最後の餞別よ。花より団子の万事屋銀ちゃん」

さようなら。そう言って、ナマエは振り返ることなく茶屋を立ち去った。絶句して別れの言葉すら紡げなかった、頼りなく情けない俺を残して。
知っているのなら、言ってくれればよかったのに。江戸に来たことがあるのなら、会ってくれればよかったのに。言われたところで、俺に会ったところで、どうとなる訳ではないのだろうが、それでも憎まれ口の一つでも交わせたかもしれないのに。
恐らく他のやつらのことも知っているんだろうな、となんとなく思った。いつまでも変わらずガキなのは、最後まで俺たちだけだったらしい。
はなむけのみたらし団子を一口で呑み込んだ。もちもちの白玉団子と甘ったるい砂糖醤油のタレが絶妙に絡み合っている。想像通りの美味さが染み入って、五臓六腑が十分に満たされる。ごちそうさん、とナマエが座っていた場所へ吐き捨てた後、景色を眺めていた少年に一声かけてからのろのろと歩き出す。
しばらくみたらしは食えそうにねェな、と俺は心の中で悪態を吐いた。

群青の脊梁でバカンスを
21'0202

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