教卓から程近い場所に座っていた為に授業で使った蔵書の片付けを言いつけられ、図書館へ向かう途中だった。分厚くて重いそれを何冊も腕の中で積み上げて歩いていたので、前方と足元が不注意だったことは否定できない。とはいえ、高校生なのに廊下を全力で走る者がいるだなんて、そんな例外を予測できたかと問われたのならそれは『ノー』である。
気付いたときには足音が迫っていて、視界の端に一瞬だけ赤色が見えた。「やべっ」と焦ったような声が聞こえたのと、右肩に強い衝撃を受けて積み上がった蔵書が傾いたのは同時だった。当たったら痛そうだな、と当然のことを思う。自信は全くないが、やれるだけやろう。頭の片隅で冷静な思考が働いて、胸ポケットにあるマジカルペンを取ろうとした手を――誰かに掴まれた。
掴まれた手首を乱暴に引き寄せられ、倒れそうな体を支えるように腰に手を回される。完全に宙に浮いた蔵書の落下地点から、さながら命からがらといった様子で逃れて二人一緒に廊下を転がった。

「…………」
「…………あっぶねー……」

思いのほか近くから聞こえてきた声の持ち主を見ると、彼の顔には見覚えがあった。ハーツラビュル寮の制服。ハート模様のペイントと赤色の癖毛。何かと話題に事欠かない人物で、新入生の中でも目立つ部類なのは間違いないだろう。特に入学早々のシャンデリア破壊事件は記憶に新しい。
じっと見つめていると赤い瞳と目が合った。罪悪感か、或いは緊張感か。明らかに言葉を迷っている彼に構わず、未だに手首を掴んだままの彼の手を強引に引き剥がす。解放された手を軽く動かしてからさっさと体の上から退いて、ぽかんと間抜け面を曝している彼には目もくれず、派手に散らばってしまった蔵書を集め始めた。

「……って、そうじゃねーだろ!」

我に返ったらしい彼に「おい!」と呼び止められたので、仕方なく振り返る。あーだとか、えーだとか。凡そ言葉と形容しがたい音が口から漏れていたが、ようやく心を決めたらしい彼はバツが悪そうに頭を掻いた。

「大丈夫か?」
「ああ、うん。きみのせいでばら撒かれた本から助けてくれてありがとう」
「う……、悪かったよ。マジでごめん」

真面目に頭を下げようとするのを「別に怒ってない」と言って止める。嫌味が通じるタイプだったんだ、と失礼なことを思いながら「次に廊下を走ったらきみのところの寮長に言いつけちゃうから」と釘を刺しておくことも忘れない。ハーツラビュルの寮長という言葉を聞くと、彼は顔を青く染めてげんなりとした表情で首をさすっていた。効果は抜群だったらしい。
しゃがみ込んで、深々と息を吐いて。どうしたのだろうと突飛な行動をする彼を見ていると、落ちた蔵書を次々と拾い上げていく姿に目を瞬かせる。

「……手伝ってくれるの?」
「いやまあ、なりゆきというか、何というか……」
「意外に優しいんだ」
「意外にって何だよ。……あ、てかさ、お前一年だよな。名前は?」
「……いまさら?」
「いいじゃん名前なんていつ聞いても」

確かにそれもそうか、と変に納得させられた気分になった。そもそも彼はこちらのことを把握していないのだ。ほんの少しも、これっぽっちも。先程の接触事故を完全に初対面だと思っていて、それを疑うことすらしていなかった。
再度積み上げられた蔵書を軽々と抱え、暢気に「図書館に行けばいいんだよな?」と聞いてくる。こくんと頷くと当然のように「手伝うぜ」と懇意に言ってくれる。恐らくはお詫びのつもりなのだろう。彼の人柄を理解し始めた初心者ながら、何となく予想がついた。
お詫びの対象が増えちゃうかな、と思いながら薄情者に容赦は無用とにっこりと笑う。

「クラスメイトの顔くらい覚えてよ、トラッポラくん」
「え゛っ」

ぎょっとした顔がこちらを見て、またまた積み上がった蔵書が段々と傾き始めて。今度こそ胸ポケットから取り出したマジカルペンを使い、彼の手の中から地面へ急降下しそうになったそれをふわふわと宙に浮かせてみせた。魔法を成功させる為にはいつもと変わらない心が大切だということを実感する。
気まずそうに視線をさ迷わせる彼がぼそりと口にしたのは、本日二度目となる謝罪だった。

Boy Meets Girl
21'0226

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