ラーメンが食べたい、というナマエの一言で昼食のメニューが決まった。
御幸とナマエが訪れたのは駅から程々に離れた立地にある、小ぢんまりとした下町のラーメン屋だった。店先に下げられた店名が入った暖簾が雰囲気を醸し出し、ほとんどカウンター席だけの内装もイメージ通りの典型的なそれで、自然と期待が高まっていく。
滅多にないオフの休日のデートにラーメンって……、と少々思うところはあるものの、当のナマエのリクエストなのだから仕方ない。御幸自身もラーメンは好物に入る部類だし、これといって不満がある訳ではないのだが、気がかりがあるとすれば倉持や前園にネタにされる可能性が否めないことくらいだ。もうちょっと気が利いたところ連れてってやれよ、と上から目線に物を言われる光景が簡単に予想できてしまう。発案者が他の誰でもないナマエなので、痛くも痒くもないが。
御幸が口を開く前に「行きたいお店があるんだ」と携帯を片手に言い放ったナマエは、画面を見ながら住宅街の片隅にあった、くだんのラーメン屋まで道案内してくれた。どうやら手書きの地図の写真を見ていたようで、分かり難いだの字が下手だの文句をぶつぶつと言っていたが、結果的に迷うことなく到着できたので良しとしよう。
垂れ下がった暖簾をくぐり抜けて店内に入ると、元気いっぱいといった調子の店員に大声で迎え入れられた。時刻は十一時半を回ったところだったが、席は程々に埋まって繁盛しているようだ。空いていた奥のカウンター席に並んで腰かけ、壁に貼られたメニューの中からそれぞれ塩ラーメンと醤油ラーメンを注文する。出されたおしぼりで手を軽くふきながら、御幸は先程から思っていた疑問を口にした。

「こんなところよく知ってたな」
「友達に教えてもらったんだ。近所だから練習の後によく来るんだって」
「……まさかその友達って」

なんとなく嫌な予感がする。御幸は無意識のうちの頬を引きつらせた。
グラウンドに立っているとき以外の勘なんてからっきしの自覚はあった。自分のことは自分が一番よく分かっている。しかしながら、こういうときに限って虫の知らせという不確かなものが当たってしまうもので。
いらっしゃいませー、と店員が快活な挨拶と共に客をまた一人店内へ迎え入れた。「おっちゃんいつもの」とカウンター内の厨房に立つ店主に声をかけたその客の声には、どことなく聞き覚えがある。御幸が近づいてくる男の顔を盗み見るよりも先に、隣に座っているナマエへ声がかけられた。

「あれ、マネージャーじゃん」
「真田!」

――やっぱりな!
的中してしまった嫌な予感は、ほとんど御幸の想像通りだった。降り立った駅が薬師高校の最寄りだった時点で、そんな予感はしていた。友達に書いてもらったという地図が女子にしては丁寧さに欠ける走り書きだったものだから、男子であることは遠目に見ながらも分かっていた。加えて『練習の後によく来る』なんて大ヒントを得てしまえば、導き出される答えは決まっている。なぜならナマエは、薬師高校野球部のマネージャーなのだから。
確かに、真田とは同じクラスで親しいことも薄っすらと聞いていた。「彼氏いるって公言してるから大丈夫だよ」と抜けたことを言うナマエに、何度溜め息を吐きたくなったことだろう。いやお前それ絶対狙われてんだろ、と言いたくても中々言えない自分が苛立たしくて情けなくて心の底から怨めしかった。
項垂れそうになる御幸を余所に、真田は自然な流れで彼女の隣の席へ腰を下ろす。隣に座んなあっち行けよコノヤロウ。そんな思いを込めて視線を向けるものの、気にも留めない様子で笑いかけられて拍子抜けしてしまう。マウンドの上にいるときとは違い、随分と爽やかな印象を与えてくる男である。

「お二人さん、もしかしてデート?」
「……まあな」
「へえ。噂の彼氏が青道のイケ捕だったなんてな」
「イケ捕?」
「イケメン捕手の略」
「ふふ、何それ」
「お前知らねえの? 監督とか三島が言ってんだろ」
「知らないよ、そんなの」

盛り上がりをみせるナマエと真田の会話に反比例して、御幸の機嫌は下降する一方だった。まったくもって面白くない。デートだと言っているのにそんなことお構いなしに絡んでくる真田は、鮮やかすぎる手腕であっという間にナマエを攫っていってしまった。
お待たせしました、と目の前に置かれた二杯のラーメンさえ、ナマエの気を引くには今一歩。炭火であぶられたチャーシューの香ばしさ。透き通ったスープのあたたかく良い匂い。そしてそこからほこほこと湯気を立ち昇らせるラーメンどんぶり全体を眺めた後に、心の中で子供っぽい悪態を吐きながら真横へ向かって右手を伸ばした。ぐいっと強引に肩を引いてナマエをこちらへ取り戻す。突然のことに驚いて御幸を見つめてくる二人分の目玉から逃れたい一心で、苦し紛れにつぶやいた。

「……麺伸びるぞ」
「あ……うん、そうだね。……いただきまーす」

力なく手を合わせていそいそと割り箸を割って食べ始めるナマエはナマエで、居心地の悪さは感じたらしい。ずるずると醤油ラーメンを啜っている彼女を横目に、御幸も塩ラーメンに手をつける。麺とチャーシューをまとめて摘まんで、食べようと口を開いたところで、無遠慮に注がれ続ける視線に箸を止めた。テーブルに頬杖をついている真田が、今度はナマエに目もくれずにやにやと笑って御幸を見ている。

「余裕ねえなー」
「……ほっとけ」

ずるるる……、と吸い込んだラーメンの繊細な味などほとんど分からなくなってしまい、どうにもパンチに欠ける塩味を頼んだことをほんの少しだけ後悔した。

甘さ控えめ塩分高め
21'0304

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