「もし、そこの編笠のお方」

道すがらの擦れ違い様に、一人の男を呼び止めた。ここら一帯では見慣れない風貌の男だった。華美な着流しに草鞋を履き、腰元の帯紐には鍔のない刀を差し、編笠を被っている。こんな派手な格好で田舎の砂利道をゆるゆると歩くその姿は、まるで白昼夢を見ているかの如く現実味がない。どことなく浮世離れした、独特の雰囲気の男だった。
素直に足を止めた男は声の持ち主である私を振り返ったかと思えば、編笠のふちを摘まんで持ち上げる。そこから覗いた顔が意外と整っていたものだから、ほんの少し息が詰まった。

「そいつは俺のことかい」
「はい。その先は行き止まりで何もありませんよ。道に迷われたならご案内しましょうか」
「……いや、その行き止まりに用がある」

視線は道の先へ注がれたまま、下げられた編笠と共に顔が見えなくなる。ここから続く道の先にあるのは崖下の行き止まりだけだということを、幾度となく訪れた過去がある私自身よく知っていた。そんな辺鄙な場所に唯一と言っていい、目的と言えるほどのものがあるとするのなら、それは。

「お墓参りですか?」
「あァ? ……知ってんのか」
「いつの間にか出来た二つのお墓に線香をあげる人がいるって。いつもこの季節になるとお花とお供え物を持ってくる人がいるって。……私が住んでいる村では有名な話です。あなたがお墓の墓守だったんですね」

数年前のある日突然、二つの簡易的な墓が建った。人知れず密かに作られたそれは、最初こそ誰かの出来心だと思い込んでいたのだが、どうやらそういうことでもないらしい。
いつも不思議に思っていた。焼香をあげた痕跡があることも、献花が送られていたことも。誰かがこの墓を大切に守っていて、心の拠り所にして生きていて、毎春欠かさず墓参りをしていることを知ったとき、そんな物好きはいったいどんな人なのだろうと期待に胸を膨らませたものだった。……まさかこんな若年の美丈夫だとは夢にも思わなかったが。
私のことをお節介焼きの不審な女から周辺に詳しい集落の女へ認識を改めたらしい男は、被っていた編笠を脱いで燦々と輝く太陽の目映さに目を細めた。それから何やら考え込む素振りを見せた後、おもむろに口を開く。

「そんな大層なもんじゃねェが……ああ、お前さんだったのか。あんな墓擬きの掃除してくれてたのは」
「え? どうして……」
「噂話を聞いただけにしちゃ詳し過ぎる。まァ半信半疑だったがな」

吐息を落とすように薄く笑った顔に流されそうになるものの、カマをかけられていた事実に気づいてしまい口を引き結んだ。
知られていないと思っていたことを認知されていると知ったときの羞恥は、なんとなく身体をむず痒くする。一概に掃除と言えるのかさえ分からない、献花の処分や雑草の除去程度のものだったのに、男はそれに柔らかい声色で「ありがとう」と礼を言うものだから、一切の情にからまれるなというのは無理な話である。悪い人ではないようだが、善い人という訳でもないらしい。とんでもない人誑しだ。

「私、ナマエと言います」

咄嗟に自分の名前を名乗っていた。それから矢継ぎ早に「あなたの名前は?」と聞く私に、男は怪訝そうな目を向けてくる。

「なんでまた……」
「名前くらい別にいいじゃないですか。それに……女に名乗らせて自分は知らん顔なんて、無粋だと思いませんか?」
「……あー、春風だ」

渋々といった調子で答えられたことはともかく。男が――春風さんが名乗った名前が本名かどうかなんて、それを確かめる術を持たない私には最早どうでもよかった。ただただその名前が風流で、綺麗で。不意に吹き抜けた風がまさに言葉の意味を体現していたから、ついついからかうような世辞が口をついて出てしまった。

「あなたにお似合いの名前ですね」
「……とんだ酔狂な女がいたもんだ」

春のにおいを連れて
21'0307

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