※生存IF万事屋同居


「シンスケ、ちょっとツラ貸すヨロシ」

快活で可憐な声音とは裏腹に、台詞は酷く物騒だった。
平々凡々な日常におおよそ似合わない言葉を言い放ったのは、万事屋の紅一点である神楽だ。チャイナ服から伸びる足を広げて居間のソファの前に仁王立ちし、ふんと踏ん反り返る様子で煙管の手入れ中だった高杉を見下ろしている。何やらただごとではない雰囲気に、ジャンプを読んでいた銀時と洗濯物を畳んでいた新八は手を止め、騒動の渦中へと視線を向けてみる。その場には神楽と高杉と、それからナマエがいた。彼女は困ったような表情で「神楽ちゃん、言い方」と小声で神楽を窘めていて、言葉を改めるように注意された神楽は不服そうに頬を膨らませている。
一方、呼びつけられた高杉はどう答えればいいのか分からず、無言のまま神楽の出方をうかがっていた。最初こそ断固として受け入れなかったものの、最終的に根負けする形で銀時の好意に甘え、高杉が『万事屋銀ちゃん』に居着いてから早数カ月。仕事仲間かつ同居人の神楽とほどほどのコミュニケーションを取ってきたと思っていたが、知らないうちに彼女の気に障ることをしてしまったのかもしれない。
男所帯に身を置くことが多かった高杉にとって、年頃の少女である神楽への正しい接し方は今一つイメージが沸かなかった。かつて鬼兵隊を再結成した際は少女と言える年頃のまた子がいたが、前提として総督である高杉を心底慕っていた。それが悪い訳ではないものの、参考にはならないだろう。昔からの付き合いといえば、ナマエもその一人だ。しかしながら、ナマエは――付き合いが長すぎるゆえに身内と同義の気の置けない仲になっている。また子とは全く別の意味で参考にならないに違いない。だからこそ、一度でも何かしてしまったかもしれないと考えると、高杉は自分から動くことなどできなかった。
不意にジャンプが荒っぽく机の上へ投げ飛ばされた。続く沈黙を破ったのは、鼻の穴に指を突っ込んだ銀時だ。

「なに神楽。こいつと決闘でもすんの?」
「……あのね、銀時。神楽ちゃんは晋助にお願いごとが……」
「今度姉御たちとパジャマパーティーするときの勝負下着、私とナマエの分見繕って欲しいネ」
「勝負下着だ〜〜〜?」

ナマエの言葉を遮るように単刀直入に物を言う神楽に反応したのも、同じく銀時だった。
勝負下着といえば。あらゆる下着のうち意中の異性に見られることを意識して着用する、特に魅力ある下着と定義される代物である。
パジャマパーティーという名のお泊り会を開催すること自体は、以前神楽から話を聞いていた。お馴染みのかぶき町の女性メンバーと夜通しのどんちゃん騒ぎをするのだ、と。それにもかかわらず、どうしてこうなった。事実と実態は銀時の知るところではないが、その言葉には触れることさえ躊躇われるほど禁断の響きがしたものだから、自然と身体が前のめりになってしまう。

「年頃の娘がそんな破廉恥なモンつけて出歩くなんざお父さん許しませんッ! ナマエちゃんは着てもいいけど、銀さんの前だけにしてね。毎日布団で寝ずに待ってるから、いつ着ても大丈夫だからね」
「お父さん鼻息荒くて気持ち悪い」

勢い良く身を乗り出す銀時を一蹴するように、ナマエが据わった目で淡々と言い放った。見慣れた光景ではあるものの、律儀な新八が「銀さん、セクハラですよ」と軽くツッコミを入れている。
ぎゃあぎゃあと騒々しい外野など放ったらかしで、膝を折って身を屈めた神楽は「お願いヨ〜」と着物の袖を引きながら強請っていた。嫌われているどころか買い物に誘われている現状に、高杉は開いた右目をぱちぱちと瞬かせる。神楽は良くも悪くも素直な性格だ。媚びへつらったり御機嫌を取ったり、そういった類の面倒ごとを余所者に対して積極的にしないだろうに、まさか可愛らしくお願いをされる日が来ようとは想像すらしていなかった。
持て余してしまった手入れ途中の煙管を懐にしまい込み、高杉は中華風の髪飾りが付いた小さい頭を見下ろした。普段は愛想のない口元をほのかにを緩ませてみせると、少しだけ緊張気味だった神楽の顔がぱっと明るくなる。

「……なんでまた俺なんだ? お前さんたちなら見立ててくれる男が他にいんだろ」
「晋助はセンスいいから。たまには買い物くらい付き合ってよ」
「シンスケを選んだ理由は簡単ネ。女の園へ行くのにEDと童貞の世話になりたくないアル」

誰がだァ! つーか関係あるかァ! と該当者両名は反論を試みたが、物の見事にスルーされてしまう。魂の底からの叫びが、室内に虚しく響き渡った。
いつだって選ばれなかった者に優しくないのが世界の実情であるが、それは『万事屋銀ちゃん』という小規模な社会の中であっても同じことらしい。声を嗄らす勢いで喉を震わせた銀時と新八を余所に、他三名はいそいそと出掛けるための身支度を始めていた。神楽は鼻歌を口ずさみながら番傘を手に持って、ナマエは客人であるにもかかわらず湯呑みを片付けて。予想外の展開に「えっ」とその場に立ち竦んでいる銀時を、ソファから立ち上がって唐草模様の羽織に素早く袖を通した高杉が鼻で笑った。

「え、お前マジで行くの? 新参者のくせに? 元社長とリーダー差し置いて仲良くお買い物行っちゃうの?」
「お嬢さん方のご指名とあっちゃ仕方あるめェ。……神楽、名前。行くならさっさと行くぞ」
「行ってくるネ。あばよ非モテども」
「くれぐれも、くれぐれも大人しくお留守番してね、元社長のお父さん」

がらがら、ぴしゃん。思い留まらせる時間さえ与えられず、玄関の引き戸が音を立てて閉められた。暫く茫然とした様子で視線を向けていた銀時が、肺の底から深々と息を吐き出す。

「二回も言いやがったよ。あの親不孝の不良娘……」
「そのよく分からない家族設定まだ続けてたんですか」

疑似家族ごっこは続いていたらしい。新八は畳み終わった洗濯物を一旦邪魔にならない場所へ避けて置き、銀時の話し相手になるために高杉が座っていたソファへ背を預けた。足取り軽やかに出掛けた彼女たちから仲間外れにされたと受け取ってしまい、イジケモードに入りつつある銀時の機嫌をどうやって取り戻そうかと考えながら。





神楽とナマエに両手をそれぞれ繋がれた高杉がつれられてやって来たのは、デパートの中にあるランジェリーショップだった。淡い白を基調としたファンシーな内装に気後れする暇もなく、足を踏み入れた途端に女性店員の営業スマイルを浴びてしまい、ついつい軽く頭を下げる高杉を余所に娘二人はどんどん店の奥に進んで行くものだから、取り残されないように大人しく彼女たちの後をついて行く。
ディスプレイ棚に並べられた人気商品も、スタイル抜群のマネキンが着た新作商品も、まったくもって見向きもしない。二人が足を止めたのは、店の隅にあったセールワゴンの前だった。見繕って欲しいと言われたからにはそれなりの品物を買わされるものだとばかり思っていたのだが、どうやらそういうことでもないらしい。それどころか神楽は「私の雀の涙ほどしかない給料が火を噴くネ」などと自虐的なネタまで口走っている。

「買って欲しいんじゃねェのか」

思わず疑問を口にした高杉に、神楽とナマエが振り返って目を瞬かせる。そして二人して顔を見合わせたかと思えば、にやりと口元に不敵な笑みを浮かべていた。

「最初に言ったじゃない。晋助に見繕って欲しいの」
「私とナマエのブラとパンツ選べるんだから、光栄に思えヨ」

ちゃんと可愛くてエロくて似合うやつ、と細かい注文をつけ始める神楽に、高杉は今度こそ目をまるくする。高杉としては金づる程度としか思われていないと考えていたのに、神楽は少なくとも本気で下着を選ぶ際のアドバイスのみを貰うつもりだったようだ。いつの間にここまで気を許されちまったんだか。そんな高杉の心中を知ってか知らでか、ナマエが一際笑みを深くする。

「はっ、随分と変わり者のお嬢さん方がいたもんだ」
「役得でしょ?」
「……まァ、両手に花であることには違いねェ」

花という綺麗で華やかな言葉に気を良くした神楽が早速「シンスケ! これとこれならどっち?」と下着を突き出すと、高杉は至って真面目な様子で色がとか装飾がとか律儀に自分の意見を述べていた。
デパートのランジェリーショップで、二人の女に挟まれて下着を選んでいる男。なかなかインパクトのある絵面だった。けしかけておきながら少しだけ複雑な気持ちになったナマエは、心のもやもやを晴らすように自らの下着選びに没頭することにした。
お泊り会に勝負下着をつけていくと張り切っている神楽がいる手前、恐らくそこそこ華美で艶やかなデザインの方が好ましいだろう。あれでもないこれでもないとワゴンの中を物色していると、突然目についた一枚の下着があった。暗紫色のサテン生地に黒色のレースと糸で細かい刺繍が施された、それ。無言のままサイズを確認してみると、今使っているものと一緒だった。もしかして派手過ぎるかな、でも勝負下着って言うくらいだし……、と一人で悶々と考えているナマエに、隣にいる高杉から声がかけられる。

「ナマエ、お前はこっちじゃねェのか」
「えっ、ちょっ、ば……ッ!」

ナマエの目の前に差し出されたのは、全く同じデザインの下着だった。ただしそれは――胸のサイズがワンランク小さく作られているもので。
かあっと熱が頬に集まっていく。頭が茹で上がって沸騰しそうだ。ナマエは信じられないと言わんばかりの表情で、平然と下着をちらつかせてくる高杉を睨み上げた。

「いつの話してるの! サイズなんて変わってるに決まってるでしょ!」
「ああ……、そりゃそうか。悪かったな」

然程悪いと思っていないというか、何が悪いのか分かっていないというか。腑に落ちない様子で、しかしながらナマエの反感を買ったことに対して謝罪をする高杉に、ナマエはついに頭を抱えたくなった。
どうして高杉がナマエの以前のサイズを知っているのかといえば、若かりし頃の高杉晋助とミョウジナマエは男女の関係だったからだ。完全に過去形である。現在進行形ではない。過去にあった出来事を否定する気はないものの、だからといって前触れもなく一方的に暴露してくるなんて酷過ぎる。よりにもよってこんな公共の場で、と思い至ったところでナマエはハッと我に返った。
恐る恐る高杉の背後へ視線を向けたのなら、放置された神楽がジト目で鼻穴に小指を突っ込んでいた。いつもならナマエがそれを指摘して振る舞いを改めさせるところだが、今の彼女には生憎とそんな心の余裕などなかった。

「シンスケとナマエ、いつからデキてたアルか?」
「あァ……?」
「か、神楽ちゃん?」

核心を突いた問いに絶句したナマエを追い詰めるように、神楽は「いつから? いつから乳繰り合ってたの?」と攻撃の手を止めない。むしろ悪化している。「勘弁して……」と耳まで赤くしてしまったナマエを助けようと、高杉は矢継ぎ早に質問をする神楽を止めるためにそっと桃色の頭を撫でた。

「残念ながらこいつとはそんな関係じゃねェよ。……今はな」
「今はってことはヨリ戻すつもりあるんでしょ? 銀ちゃん言ってたヨ。『あいつら妙によそよそしくなっちまって見てらんねーよ。ヤること散々ヤってたくせに純情純愛物なんざやられても犬も食わねーよ』って」

鋭い音を立てて、場の空気が凍った。「ぎんとき……?」と地を這うような低く凄みのある声を発したのは、高杉とナマエのどちらだったのだろう。或いは、どちらもだったのかもしれない。
きょとんとする神楽を余所に、羞恥に赤く染まった顔から一転して薄暗い影を落としたナマエが、口元に意味ありげな微笑みを浮かべた。余計なことをぺらぺらと……、とそんな言葉が聞こえてきそうな殺気立った双眸は、欠片も笑んでいなかったが。

「……今日の晩御飯、馬鹿の分はナシでいいでしょ」
「そうさなァ……。ま、馬鹿に一発くれてやるくらいは許されんだろ」
「なら銀ちゃんが食べない分のおかず、私に献上するヨロシ!」

どさくさまぎれに申し出た神楽の要望は、ナマエと高杉によって当然ながら聞き入れられることとなる。





デパートを訪れてから小一時間ほど経った頃。神楽もナマエもそれぞれ満足のいく下着を選び終え、洒落た紙袋を片手に一行はランジェリーショップを後にした。
音声案内に導かれるままタイミング良く到着したエレベーターに乗り込んで、生鮮食品売り場のある地下を目指し機械音と共に下へ降りていく。添乗員も他の客もいない。三人だけの密閉空間。ご機嫌な様子で紙袋を抱き締めて笑っている神楽を横目に、高杉が不意につぶやいた。

「たまにゃ牛肉でも買って帰るか」
「マジでか! さすがシンスケ!」
「じゃあ私も少しはカンパしようかな。すき焼きとかどう?」
「あ? 牛肉で鍋っつったらしゃぶしゃぶだろ」
「……」
「……」

ふっと同時に吹き出した高杉とナマエを、神楽は真っ直ぐに見つめていた。
神楽が銀時から二人の関係を聞いたとき、正直いつもの冗談だと思っていた。例のターミナルの一件から奇跡の生還を果たした高杉は、確かに鬼兵隊の船や忍びの里で会ったときの彼とは違っていた。とはいえ、以前から親交のあるナマエが過激派テロリストと元恋仲なんて、にわかには信じられなくて。そんな神楽の懐疑心を打ち砕くように、万事屋へ来てからの高杉は至極真っ当に生きていた。何だったら銀時以上にきちんとしていて、その立ち振る舞いには気品すら感じられて。特になあなあだった万事屋の資金繰りを立て直したのは高杉で、これには未払いが基本だった給料を貰えるようになったことに神楽も新八も諸手を挙げて喜んだものだ。
気づいたらすっかりと馴染んでしまった。高杉が万事屋にいることも、それを受け入れる自分も。それに他の誰でもないナマエと銀時が、彼がいると楽しそうに笑っているから、もうそれでいいと思ってしまうのだ。
ピンポンと軽快な音と共にエレベーターの扉が開かれていく。一足先にエレベーターを降りた高杉とナマエが、振り返って神楽へ手を差し伸べた。

「神楽。お前さんはどっちが食べてェんだ?」
「今日の気分はどっちかな、神楽ちゃん?」

一緒にいられるなら何だって良くて、この手を二度と離さないを誓った万事屋とは少し違った、大切になった人たちの手をぎゅっと繋いで握った。どっちかなんてそんなもの、神楽の中で答えは既に決まっている。

「――どっちも!」

めでたしめでたし
21'0407

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