煙草がないわ、と隊服のポケットに手を入れながら呻く声は不機嫌な響きを孕んでいた。
担当地域巡察の小休憩中、茶屋の縁台に肩を並べて座った直後。真選組鬼の副長と同じくニコチン依存症を患っているナマエは、懐に目的のものがないことに気落ちした様子を見せると露骨に眉を顰めて舌を一度鳴らした。狂ってんな。喫煙者という人口の約三割に該当する人種はどうにも気が短い。沖田が思い浮かべる当事者は言わずもがな土方とナマエの二人だが、常日頃から紫煙をバカスカ吐き出すことによって自分の機嫌を取っている。
その煙草を切らしてしまった今、案の定虫の居所が悪い。自ら申しつけたはずの三色団子に手をつけず、ナマエは不満そうに唇を尖らせていた。そういえば、とたった今思い出した風に口を切って、沖田はスラックスのポケットから赤いパッケージの小箱を取り出す。土方から無断でかっぱらったマヨボロである。ぱあっとあからさまに顔を輝かせたナマエに喉の奥で笑いながら、「仕方ねェからこれで我慢してくだせェ」と煙草を投げ渡した。
手早くライターの火を灯したナマエが、息を軽く吸い込んで煙草の煙を燻らせる。楽しむように、味わうように。と、火種がついた煙草を口に咥えたまま一切合切の動きを止めてしまった。つい数秒前までの嬉々とした表情から一転、ナマエは口から煙草を離すと眉間に皺を寄せたままがっくりと項垂れた。

「ゲロマズ……」
「女がゲロとか言ってんじゃねーよ、汚ねェな」
「君こそ上役にタメ口利くんじゃないの。ちゃんと敬いなさい」

ちぇー、と。どさくさに紛れて大雑把な距離の縮め方を試みるものの、相手にされず早々に叱責されて終わってしまう。
ナマエ曰く、マヨボロと名がつく程度にはマヨネーズ要素をほのかに感じさせる酸味っぽい何かが意味が分からなくて美味しくないらしい。ボロクソに酷評しているのに火を消さずに指先で弄んでいるのは、煙草に対する執念なのか温情なのか沖田には分からなかったが、少なくとも興味をそそられる材料としては十分だった。ゆらゆらと紫煙を立ち昇らせる一本の煙草をジッと見つめる。

「それ、そんなに不味いんですかィ?」
「……気になる? 残念だけど成人になるまで我慢して……」

ナマエがこちらを向いた瞬間を逃さず、開いた口を覆うように唇を重ねた。ボト、と指の間を擦り抜けて地面へ落ちていった煙草を踏み潰すついでに、勢いをつけて舌を突っ込んで一度だけ無防備な咥内の空気を吸い込み離れていく。正常に味覚が働き出した頃にじわじわと沖田の口を侵食していったのは、苦味とえぐみとそれから微々たる酸味だった。
呆然といった様子で固まってしまったナマエに構わず、唾を吐いて捨てるように真っ赤な舌を出した。

「クソマジィ。土方コノヤローの煙草なんざ吸うもんじゃねェや」
「……沖田くん、君はいつから『待て』も出来なくなったの?」
「さァねえ。少なくともアンタを目の前にしてお利口でいられるほど、出来ちゃァいねーですよ」

口直しにくだせェ。そう言った沖田が悪びれもなく指差したのは、三色団子だったのかナマエの唇だったのか。本当のところは当人のみぞ知る。盛大な道草を食った二人の市中巡察の持ち時間は、とうの昔に過ぎてしまっていた。

灰を編む日々
21'0527

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