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「安室さんの恋人なんですか?!」
「……はい?」

初対面の女子高校生に詰め寄られ、ナマエは思わず瞬いた。
小型のノートパソコンに課題のレポートを打ち込みながら、喫茶ポアロのアイスコーヒーを啜っていた夕暮れ時。以前、ナマエの電話を対応してくれた女性店員――榎本梓と言うらしい――が、初老の男性の会計を終え、見送った直後のことだった。店内には女子高校生が二人とナマエ、店員の梓と安室。カチューシャをつけた活発そうな少女は、タイミングを見計らったようにナマエが座るテーブルに近付き、件の台詞を言ったのだ。安室透の恋人なのか、と。
ナマエが驚いた理由は二つある。一つは、初対面の女子高校生に突然話し掛けられたこと。もう一つは、たった今、考えていたことを指摘されたこと。安室透の恋人になるためにミョウジナマエがすべきアクションは何なのだろう、と大学院の課題を片手間に、本職の仕事に悩んでいたのだけれど。赤の他人に、十は年の離れた女の子に俗っぽい悩みを物申されるとは思わなかった。
答えに困っているナマエに気付いたのか、ロングヘアーの少女が「ちょっと園子。急に失礼だよ」と窘める。薄々、自覚があったらしいカチューシャの少女は「突然すみません」と声を落としながら謝罪するが、大きな瞳は爛々と好奇心に光っている。女子高校生の恋バナへの熱意は末恐ろしい。適当に躱すのは無理そうだと早々に判断したナマエは、二人に椅子に座るように促しながら自己紹介する。女子高校生の二人は鈴木園子、毛利蘭とそれぞれ名乗った。近所にある帝丹高校の生徒らしい。
アイスコーヒーの氷をからからと回しながら、「なにが聞きたいの?」と軽率に口にしたことをほんの少しだけ後悔する。ナマエの言葉を聞き、待ってましたと言わんばかりに園子と蘭が身を乗り出した。二人の勢いに、思わず肩が竦む。

「最近、ネットじゃ専らの噂なんです。安室さんに恋人が出来たかもって」
「手を繋いでたとか、車の助手席に乗ってたとか。いろいろ目撃情報もあるみたいなんです。そのところどうなんですか、お姉さん!」
「…………ええっと」
「お待たせしました。シフォンケーキです」

覚えがある。思い当たることだらけだった。女子高校生ネットワークに恐れ入りながら、一種の既成事実のために肯定した方がいいのだろうか、と頭の悪いことを考えていると渦中のひとが来た。「安室さーん」と歓迎する園子に軽く笑い掛けた安室は、ナマエの前にシフォンケーキを置く。卵たっぷりの黄色いスポンジ生地と生クリーム。

「……頼んでませんよ?」
「僕から課題を頑張ってるナマエさんへサービスです」
「ちょっと安室さん」

思わず立ち上がったナマエは、安室に詰め寄った。背の高い彼に屈んでもらうため、肩先をトントンと叩きながら、傾けられた耳元に口を寄せる。興味津々といった様子の視線が背後から向けられるが、耳を澄ます少女たちに聞き取られないように一層、囁く声を潜めた。

「どういうつもりですか」
「どういう、とは?」
「誤魔化さないでください。そんな調子のいいことばっかり言うと誤解されちゃいますよ」
「前に言いませんでしたっけ」

内緒話のために口元を隠していた手を取られ、指先を絡めるようにぎゅっと握られる。混乱するナマエに構わず、ニコニコと笑んだままの安室は、いけしゃあしゃあと言い放った。

「僕はあなたのことを意識してる、って」
「は……」

きゃあああ、と黄色い悲鳴が店内に響き渡った。孤軍奮闘、四面楚歌。店内に味方のいないナマエはそんなことを思いながら、爪先を見つめ項垂れた。少なからず好意を寄せられている自覚はあるが、露骨過ぎないか? 知らずのうちに正体がバレた? 根拠のない邪推をするくらい頭が回らない。間違いなくチャンスには違いないのだけれど。
君が誑かされてどうするんだ、と経過報告の際に嫌味を言われぬように、奥歯を噛み締め、口元をつり上げ、ナマエは安室を見上げた。本当は、暫く様子見のつもりだったのだが、背に腹は代えられないのだから仕方ない。じゃあ、と言いながら手を握り返す。

「今晩、一杯お付き合いしてくれます?」
「もちろん」

ウインクと一緒にオーケーを出した安室が、園子と蘭に質問攻めに遭っているのを眺めながら。ナマエはシフォンケーキにフォークを突き刺した。

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