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※そしかい後の恋人設定


花なんて別に好きじゃなかった。綺麗だと思うし、場を華やかにする素敵な物だとは思うが、それを育てる・愛でる生活とは無縁だったのだから、現在の自分の習慣を物珍しく感じてしまうのは仕方のないことだ。
ナマエさんに、と降谷から差し出されたのは二輪の薔薇だった。玄関の扉を開け、グレーのスーツにトレンチコートを纏った姿で花を片手にする佇まいが様になっていたものだから、ナマエはお礼すらそこそこに思わず「……はあ」と気の抜けた返事をしてしまい、醜態を晒すことになった原因の恋人に盛大に笑われた。
降谷から花を貰ったのは初めてじゃない。元々、お互いの仕事柄ゆえに顔を合わせる機会は少ない。自宅となると更に稀だった。最初こそ「目についたから」「綺麗だったから」と平々凡々の理由を口にしていたのに、いつの間にか花をプレゼントされることが当たり前になっていた。降谷なりの気遣いなのか愛情表現なのか、ちゃんとした理由はわからないのだけど。
薔薇を白い花瓶に生けながら、ナマエは思い出したように前々からの疑問を口にする。

「降谷さんって」
「なに?」
「花、好きなんですか?」
「あー……。まあ、そりゃそうか」

トレンチコートやジャケットをハンガーに掛けていた降谷が手を止めた。あーだとかうーだとか散々、悩んだ素振りを見せた後に腹を括った様子で、ナマエの元へ歩み寄ってくる。
照れている、と人知れずナマエが感付いてしまったのは、思いのほか顔に出やすい降谷の表情が微かに綻んでいたからだ。

「ナマエさんに贈る物は花にしようと決めていたんだ」
「どうして?」
「恋人を可愛がりたい男心ってやつさ」
「キザだなあ……」
「男は格好つけたがる生き物だから諦めてくれ」

降谷が言う「格好つけ」のために習慣になった花瓶の水替えも、花が枯れた後のドライフラワー処理も、意外に悪くないと思っているところが既に毒されている証拠なのかもしれない。好きなひとに花を贈られるのは嬉しかったし、その花の世話をするのは楽しかったのだ。降谷と同様、ナマエ自身ある程度は浮かれているのだと自覚すると、途端に顔が熱くなる。
花なんて別に好きじゃなかった筈なのに。「鉢植えって難しいのかな」とつぶやいたナマエに降谷が「次の休みはホームセンターに行こう」といつ重なるのかも知れない休日の予定を入れる。やりたいとは一言も言っていないのに、と思いながら次の休日までの暦を指折り数える自分の姿が安易に想像できてしまい、ナマエは頷く他なかった。
出来ないことなんてないのでは、と錯覚するくらい万能な降谷の知識量にナマエが敵うことはゼロに等しいのだけど。花に目を掛けるようになってから知り得た情報の一つを、ふと思いついたように口にしてみる。

「花には甘い砂糖水をあげるといいんですよ」
「なるほど。じゃあ俺の花にもたっぷりあげないと」
「……お腹いっぱいでーす」
「まあまあ」

余計なことを言った、と言わんばかりに思わず身体を反転させたナマエを、降谷は後ろから抱き締める。迂闊だとか油断だとか、そういった類の後悔がナマエの脳裏を過ぎったが、後の祭りだった。
花弁をめいっぱい広げさせた瑞々しい薔薇から香る芳香は、本来ならリラックス効果が得られる筈なのに。腹の上に回された腕から伝わる体温が熱くて、真横から聞こえてくる声が甘くて、ナマエは緊張しっ放しだった。後の展開を想像するのは簡単だ。言葉の通り、雰囲気に身を任せるだけなのだから。
シュル、と耳元で解かれたネクタイの音が嫌に大きく聞こえた。

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