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大型バイクを走らせ、来葉峠に着いたナマエは、背負ったケースの中からライフル銃を取り出した。ゆるやかなカーブが多い中、ゆいいつの直線と言える道路が目標地点だった。距離は約六百ヤード。夕日に目を取られそうになるが、日が落ちれば問題ないだろう。ナマエはスコープを覗き込み、絶好のロケーションに一先ず安堵する。あとは滑走するタイヤに着弾させるだけ。人を撃つような事態にならないことを祈るばかりだ。
ピッという電子音の後に、通話が繋がった。耳元の機器を操作しながら、名乗らずに用件だけを伝える。

「ポイントαに到着。天候、風速、距離、すべてオールグリーン」
「ご苦労。……抜かるなよ」
「了解」

はー、と長く深く息を吐き出し、ナマエは木の幹を背に座り込んだ。スマホに文章を打ち込んで、着信履歴に表示された相手に送信する。膝を抱えるように丸まって項垂れていると、ヴヴヴと鈍い音を鳴らしながらスマホが震えた。数分と掛からなかった返信に、相変わらずマメな人だと感心する。
――お誘い頂いたのにすみません。今日の夜は都合が悪くて。またの機会に、ぜひ!
きっぱりと断られたのは初めてだった。大抵は二つ返事でナマエの申し出を快諾する安室が、次に会う約束を取りつけることもせず、またの機会と曖昧な言葉のまま断りを入れた。理由は簡単だ。今日の彼は安室透じゃなく、降谷零なのだから。
結局、安室透がNOCだと見抜き、正体が日本の公安警察であると暴いたのは、赤井が贔屓にする探偵の少年だった。赤井にも、ナマエにも解けなかった謎を、少年は解き明かした。
無理があったんですよ、馬鹿な女子大生の振りをして油断を誘うのは。散々、零した愚痴を心のうちに吐き出しながら、ナマエは再び溜め息を一つ。
しかしながら、ほんの少しだけ、楽しかったかもしれない――なんて。誰にも言えない馬鹿げた感情にそっと蓋をして、自分自身を嘲笑った。

「またの機会なんてないですよ、安室さん」





作戦は成功した。
来葉峠を木霊する銃声とブレーキ音。FBIの車を追従する先頭二台のタイヤをそれぞれ赤井とナマエが撃ち抜き、コントロールを失った車両が次々と玉突き事故を起こす。一瞬だけシンと静まり返った峠に、怒声が響き渡った。現場は大騒ぎだ。
終わったら合流しろ、と指示されていた通りにナマエがバイクを走らせ渦中へ向かうと、赤井がスマホ片手にスーツ姿の男たちに取り囲まれているところだった。銃口を突きつけられているのに浮かぶ表情は飄々として、焦った様子すら見せない。自分が撃たれるとは微塵も考えていないらしい。事実、男たちは引き金に指を掛けているが、明らかにGOの命令を待っていた。つまり彼ら自身に決定権がないということだ。本人さえ気に留めない身の安全を、ナマエが気に掛ける必要性は一切ない。
突然のエンジン音と姿を現した大型バイクに視線が一点に集中するが、ナマエは構わず車の近くにバイクを停めた。ナマエの登場に驚き、口が開きっ放しになったジョディとキャメルに「ハァイ」とにっこり笑い掛ける。「ナマエ?! いつ日本に?!」と想像通りのリアクションをするジョディを宥めながら視線を逸らすと、通話中の赤井と目が合った。ちょいちょいと指先で呼ばれ素直に従えば、音量を最大に上げたスマホから殺気立った男の声が聞こえてくる。
赤井さん、と声を掛ける前に人差し指を立てられ、ナマエは口を噤んだ。詳細は聞き取れなかったが、赤井は一方的な謝罪をした後に「君と話がしたい人間がもうひとり居るようだ」と電話口の男に告げ、ナマエにスマホを投げ渡した。

「はあ……? おい赤井! 聞いているのか、赤井秀一!」
「……安室さん?」
「え……、ナマエさん?!」

ナマエが男の名前を口にすると相手は驚いた様子だったが、数秒後に確信を得たような物言いに変わる。苦々しいと、忌々しいと、言わんばかりの昏い声。

「ナマエさん、やっぱりあなたは赤井の……」
「よかった」
「はい?」
「安室さんを撃つ必要がなくなって、本当によかった」
「ナマエさん、僕は……」
「さよならです、安室さん。わたしの仕事は終わりましたから。安室さんが淹れてくれるコーヒー、とても美味しかったです」

息を呑む音。次いで舌を打つ音。「待ってください!」と怒りのような叫びのような安室の声を他人事のように聞き流しながら、ナマエは通話を切った。ツーツーと数回の機械音の後、完全に沈黙してしまったスマホを無言のまま赤井に手渡す。

「いいのか?」
「どうしてそんなこと聞くんですか?」
「君は安室くんのことが好きだと思っていたんだがな」
「…………秘密です」

女は秘密を着飾って美しくなるんですよ、とナマエが茶化せば、赤井から返ってきたのは呆れたような溜め息だった。

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