やべえ。何がやべえってこの状況が。
なんてことない月末の金曜日、平々凡々な平日の夕方。部屋に差し込む西日は舞い上がった埃をキラキラと照らしているし、開けっ放しにされた窓からはカラスの鳴き声がカアカアと聞こえてくる。いつもと変わらない風景。いつもと一緒の我が家。まるでその事実を証明するかのように、近所のスーパーへ買い物に行く直前、母親が洗い物をしていたはずの流し台で積み重ねた皿やコップが崩れてガチャンと音を立てたのを襖越しに感じた。
薄暗くて湿っぽい長方形の空間の中で体を縮こまらせる。首を垂らして、背骨を丸めて、両膝を曲げて。意味なんてないと分かっていながら、足の指に力を入れてぎゅっと握り込んだ。
ベッド代わりの狭い押入れの上段で、息を殺して熱いまでの体温を甘受する。場地の脚の間にはナマエがいた。その小柄で貧弱な体を限界までコンパクトに畳み、緊張気味に膝小僧を抱えている。後ろから抱き締めるような形で臍の上に手を回しているため、ナマエの背中と自分の胸元が隙間なくぴったりと重ねられていて、息を吸ったり吐いたりするたびに漏れ出る濡れた空気だとか、学校指定の白シャツの奥に存在する恐らく下着の金具や布地の縁だとかが、ダイレクトに伝わってくる。ごくんと生唾を飲み込んでしまったのは、思春期の男子なら仕方のないことだ。
最初こそ些細な出来心だった。今日も今日とて場地の家を訪れたナマエは勝手知ったる様子で部屋に上がり込み、暢気に欠伸なんぞ零しながら「圭介〜?」と猫を探すように恋人の名前を呼んでいた。些細な出来心、もとい、湧き出た悪戯心に従って物陰にその身を潜めていた場地が、襖を開け放ったと同時にナマエの手首を引っ掴んで引きずり込んで、あっという間に寝床である押入れに閉じ込めたのが十分前。「あいたたた……」と間抜けな悲鳴を上げて後頭部を手で押さえているところを見るに、ナマエは押入れに入った拍子に頭を打ったようで痛がっていたが、場地が「ワリーワリー」と謝りながら適当に撫でてやると次第に大人しくなった。現金なやつだ。お互いが楽になれる体勢を探し、あれこれ実践して試した結果、今の密着したポジションに落ち着いたのが三分前。やっちまった、と瞬時に思った。
狭くて、暗くて、暑くて、蒸れて――ナマエが、近くて。そういうつもりでやったことではなかったとしても、ついうっかりとそういうつもりになってしまいそうだった。
やべえどころの話ではない。この状況を生み出した張本人であるにもかかわらず、場地は後悔し始めた。

「け、圭介……?」
「あ? なんだよ」
「そろそろ、あの、離して欲しいなぁって……」

悶々として気持ちを燻ぶらせたままの場地のことなど露知らず、おずおずといった調子で申し出たナマエの顔こそ髪に隠れて見えないものの、どんな表情をしているのかは今までの経験からなんとなく想像できた。きっとほんの少しだけ眉を下げて、ほんの少しだけ困ったような顔をしている。これっぽっちも、そういうことになるだろうと予想していなかったと言わんばかりのカマトトぶったナマエの態度が、場地は気に食わなかった。
しっとりと汗をかいた首筋に、髪の毛がへばりついている。抱擁を解き、髪を払い、完全に油断し切っているナマエのうなじに浮いていた水滴を舐め上げると、喉の奥からひくついた声が鳴った。

「ひ……っ! 今、な、舐め……っ」
「はは、しょっぱ」
「〜〜っ、馬鹿! 変態!」
「おーおー威勢のいいことで。でもここ狭ぇんだからあんまり暴れるとまた頭打っちまうぞ」
「暴れさせてるの圭介じゃん……」
「オマエが誘惑してくんのが悪いんだろーが」
「は、はあ……?」

困惑と羞恥が入り混じった怪訝そうな顔をするナマエに、デコピンをお見舞いする。ペチンと軽快な音と共に額を弾かれた彼女が何かしらの反撃を試みるより早く、場地は詰め寄った。
口で息をしていないとむせ返るような匂いに変な気分になる。押入れの蒸れた匂いだったり、制汗剤の匂いだったり、二人の汗の匂いだったり、いろいろな匂いが混ざり合って独特の刺激が脳みそをドロドロに溶かしていく。覗き込んだアーモンド形の中にある水晶体に、犬歯をちらつかせながら呻る獣が映っていた。

「いつまでもオトモダチ感覚で部屋に上がってんじゃねぇよ、馬鹿」
「…………」
「……ナマエ?」
「私は最初からカノジョのつもりでお邪魔してるんだけど」
「は、」
「誘惑……は、べつにしてないけど。こんなこと言わせないでよ」

もごもごとそう言って俯いてしまったナマエを見て、場地はたっぷりの沈黙を貫いてからぶはっと噴き出した。「我慢させちまってたみたいで悪かったなぁ?」「違う!」と至近距離で言い合いながら、指先で弾いた後、剥き出しになっていた額へ吸い寄せられるように唇を寄せ、ぐっと声のトーンを落として告げる。

「……いいか?」
「だから聞かないでってば」
「まあもう待ってやんねぇけど」

許可を取るようで取っていないそれに小さく笑った口元を塞ぎ、場地は遠慮なく突っ込んだ舌で口内を舐め回して液体を啜った。今度は塩辛くなかった。
ナマエはきっと、場地が思っているほど無知でもないし、理性的でもない。場地とおんなじ、思春期の女子だった。ナマエの指が場地の髪を結っていたゴムを解いてしまったのを気配で感じながら、頭が茹るくらいの熱気の中へといざなって二人で一緒に蕩けていった。

イン・ザ・ボックス
21'1020

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