浮雲のような、或いは清水のような。独特の青い流水紋があしらわれた白色の着流しは見慣れたものであるものの、実際に手に取ってみると想像以上に丈が長いことが分かった。着流しの持ち主である銀時の隣を歩けば、確かに、見上げる形になる自分のポジションを思い返しながら、ああでもないこうでもないと葛藤しつつ着付けていく。
おはしょりの部分を多めに取って綺麗に整え、余った肩幅の部分を強引に畳んでしまえば、鏡の向こうから男物の着流しを纏った女が覗き込んでくる。着られている感は思ったより少なく、帯の臙脂色が効いていて色彩も華やかだ。背中に垂らしていた髪を手早く結い上げると、珍しくこのままどこかへ出掛けたい気分にすらなった。

「意外といけたかも」
「何がァ?」

ここにいないはずの銀時の声が後ろから聞こえ、慌てて振り向こうとしたときには両脇から伸びた腕が既に帯の上に回されていた。鏡に向けていた視線を外した、一瞬の出来事だった。
左肩の骨が刺さるような感触と、首筋の吐息が吹きかかる感触と。どちらも嬉しいような鬱陶しいような複雑な気持ちを抱いてしまいどうしたらいいのか分からなくて、悩める頭を右側へ傾けてそのまま放置していると、肩口に乗せられた顎がモゴモゴと蠢いた。あーだとかうーだとか、珍妙な奇声が耳朶を叩く。

「疲れてるならお風呂入ってごはん食べて寝たら? ……おかえり」
「ただいま。でもそれが連日の力仕事でヘロヘロになって帰ってきた家主への態度かァ? ちっとばかし彼女としての自覚が足んねえんじゃねェのナマエちゃん。しかもそんな可愛い格好しちゃってさァ、ナマエちゃんに何があったのか銀さん気になるな〜?」

帯の上の黒い飾り紐を弄っていた手がゆるゆると上へ上へ伸ばされていくのを、手の甲をつねってその場に留める。相変わらず油断も隙もない。「痛ってェ」と言いながら腰を抱く腕の力は緩まなくて、鏡越しに表情を窺うと口角が上がりっ放しのだらしない男の顔があった。

「優しくされたいならにやにや笑うのやめて」
「いやいやいやいや、無理だろ。帰ってきたら彼女が俺の着流し着て鏡の前でポージング取ってんのに喜ばねェ男がどこにいんだよ。何なの? ナマエは俺を殺す気なの?」
「べつにポーズなんて取ってないし汗臭いからさっさとお風呂入って欲しいと思ってるだけだけど」
「口は可愛くねェ!」

唾液をまき散らす勢いで喚く銀時に顔を顰める。純粋な好奇心がたたった結果の行動だったのだが、男からは絶賛される『可愛い』になり得るのだと知って、なんとなく恥ずかしい気持ちになった。今までされるがままだったそれらを力いっぱい押しやって、解放された途端に襟を正していると意外や意外、潔く身を引いた銀時は疲労を感じさせない顔で当然のように問うてくる。

「風呂入ったらごはんの前にナマエちゃんでもいい?」
「……早くね」

だからこそ、ついつい、許してしまった。
さっきまで綺麗に着た着流しを台無しにされないように、あわよくばと余計な真似をさせないように、ひらすら躍起になっていたのになんということだろう。可愛いと言われて結局は浮かれていたのかな、なんて。ようやく気がついたときには既に手遅れで、女以上に浮き立った男が早々に風呂場へ姿を消したところだった。

ナッツ・トゥ・ユー
21'1020

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