空条承太郎様

 承太郎さんお久しぶりです。
 元気ですか。ご飯はきちんと食べていますか。また机の上で眠っては居ませんか。苦いコーヒーばかりじゃ胃に悪いですよ。煙草も、せめて1日一箱までで。


 そうだ、今日はクリスマスですが、ちゃんと覚えていましたか?もう大人だから互いにサンタには会えないけれど、子供の頃のように欲しい物を思い浮かべてみるのも悪くないですよ。

 俺が欲しいのは、そうだなぁ。今すぐあんたに会えるドアかな。「承太郎さんの所にいきたい」そう願って扉をあけたら、そこにはあんたが居るんです。
 クリスマスプレゼントはチキンと酒かな。一緒に飲み明かすのも楽しそうでしょう。


 ここ数年、うちの街には雪が降っていません。残念ながら今年も。
 たまにはホワイトクリスマスなんてものを体験してみたいんですが、空の天気までは操れませんからね。そっちはどうですか?
 そういえばいつも真っ白なコートを着ていましたよね。あれはまだ着てるんですか?スペアが何着あったか、結局聞けないままでした。今度教えてください。


 そうそう俺もね、とうとうクリスマスプレゼントを用意する方になっちまったんですよ。即興の偽物サンタクロースですが。
 ばっちり形から入ろうと思って、雑貨屋でサンタの服を買ってみたんですが少しキツい。いや、太った訳じゃないですよ。丈が短いって事です。嫁にも笑われました。
 で、即興サンタは天使みたいな我が子の寝顔を見ながら、そっとプレゼントの箱を置いてきました。明日は朝から大騒動になりそうです。


 承太郎さんがその騒ぎを見たら例の口癖を呟きながら、それでも優しい目をするんでしょうね。子供には随分優しかったですもんね。
 今3歳なんですけど、グレートに可愛いんですよ。俺の髪の毛をぐっちゃぐちゃにしても怒れない程に。





承太郎さん
承太郎さん、
承太郎さん。



 あんたはどこにいるんですか。
 一言だけでも良い。声を聞かせてください。あんたがこの世界で生きていればそれだけで良いんです。


 あの日、何も良わずに魔法みたいに消えたのは、最後の優しさだったんでしょうね。あれから俺がどれだけ泣いたか知っていますか?分かり易く云うと、身体中の水分が全部無くなるくらい泣きました。
 実際何日も飯食わなくてぶっ倒れた挙げ句、気付いたら病院だった訳ですが。こう見えて結構俺繊細なんですから。


 まぁ、でも今じゃすっかり元気ですけどね。承太郎さんの事だから、こうなる事は見越してたのかな。
 勝手に居なくなって何の連絡もなくて、正直恨んだことも有ります。けれど、今になって思うんですよ。家族の…嫁や子供の顔を見ながら、これで良かったんだろうなって。あのまま一緒に居たら2人だけの世界から抜け出せなかったでしょうから。
 毎日承太郎さんだけを愛して生きていくのはきっと楽しいし幸せでもあるんでしょうが、それはやっぱり、違う。



 嫁が純白のドレスを着た時の照れた顔、初めての孫が生まれて腕の中に抱いた時のお袋の涙、初めて家族三人で旅行した時に撮った写真の中の満面の笑顔。
 他にも数え切れない位あるけれど、言い様のない程に幸せでした。あんたが自らの感情を切り捨てて俺に与えてくれた物です。
 恨まれて忘れられるとでも思ってましたか?残念ながらそれはハズレ。俺だって成長するんですよ。あの時、あんたが考えてた事も少しずつ判るようになってきたんです。あんただけが悪者なんて、そんなの駄目です。


 だから、会いたい。
 答え合わせなんてするつもりは有りません。ただ、昔話をしながら2人で飲みたいんです。 もう昔みたいに承太郎さんを一番には出来ないし、あの頃みたいに愛を囁くなんて事は二度と出来ないけれど、あんたに会いたい。一人の男として。そして親として。


 ねぇ、承太郎さん。
 これを読んだらどうか連絡を下さい。最初で最後だと約束しますから。
 俺は今、ちゃんと幸せです。どうか承太郎さんも同じ様にあって欲しい。
 さて、そろそろ手も痺れてきましたし、大きなサンタからのプレゼントを待って眠ることにします。
承太郎さん。メリークリスマス。



東方仗助


―――長い手紙を折り畳むと、入っていた時と同じ様に封筒に終い、空の引き出しの中に入れた。
 気付けばあれから約10年。高校生だった少年はきちんと大人になり、幸せを築いたらしい。目を閉じればあの夏の日々が今も鮮明に蘇る。
 残酷にも思える別れは己が独断で決めたことだ。正直、何度も会いたいと思った。優しい体温をもう一度腕の中に抱きたいと。けれど、もう終わった事なのだと堪えた。結果として矢張りあれで良かったのだ。


 そして今。海を隔てた場所で、己は一人仕事に埋もれている。クリスマスも知らぬ内に終わっていた。何とも単調な毎日。幸せか不幸かなど考えたこともない。
 だが、久々に感じた少年の存在は確かに己の胸を暖かくした。10年ぶり、たった、一通の手紙だけで。
 いっそ、今すぐにでも航空券を手配して日本に飛んで行きたい。長く空いた空白をひたすらに埋めていきたい。だが、己の感情はまだ微かにくすぶっている。綺麗な嘘などそう難しくもないが、きっと彼には見破られてしまうから。


「merry Christmas.仗助」



 ぽそりと独り言を宙に溶かし、手紙を入れた引き出しに鍵を掛けた。そして、銀色のそれをゴミ箱の中に投げ捨てる。
 カシャンと、静かな部屋に一度だけ音が響いて、すぐに消えた。





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