「trick or treat?」

 滑らかな発音と吊り上がる口角。しまったと思った時にはもう遅かった。後ろに足を引き逃げようとするも、それよりも早く伸びた腕に捉えられる。眼前には実に楽しげな承太郎さん。
 決して忘れていた訳ではないし今日の朝家を出る時には帰りにスーパーに寄るつもりだった。
…しかし忘れていた。そりゃあもう綺麗サッパリ物の見事に。普段なら胸ポケットにガムだか飴だか入っているんだけど、今日に限ってはそれも無い。


「仗助、trick or treat?」

 再度繰り返し、吐息の掛かる距離まで承太郎さんが迫る。背後には壁。逃げ場はもうゼロ。

「…車ン中に忘れて来たんで取りに行って来ても良いっすか?」
「ダメだ」
 何とか抜け出そうとしたが、彼が許してくれる訳もなく、あっさりと切り捨てられ背に回されていた腕に力が籠もる。抵抗も適わず、首筋をかぷりと噛まれ甘い刺激に全身が粟立つ。


「菓子なんか普段食わない癖に…」
「でも約束しただろう」
「……」


 そうなのだ。
 昨夜、2人で風呂上がりにビールを飲んだ後ニュースでハロウィンの特集をしていて、見るともなしに見ていた。

「そういやぁ明日はハロウィンっすね」「そうだったな」「お菓子貰える日ですよね?」「まぁ間違っちゃいねぇな」

 そんな会話から何をどう経由したのか、はたまた酔いが作用したのか、俺らもやってみようかと云う話しに。


 ルールは簡単。
「trick or treat?」

 と問いかけ、お菓子を差し出せれば勝ち。何も出せなければ負け。負けた方は悪戯される。要するにそのまんまハロウィンのルールなんだけど。


 朝起きた時から開始と云うことで、俺は朝飯の支度をする承太郎さんに嬉々として告げた。
 菓子を買いに行く時間を与えず、しかもフライパン片手に調理中というベストタイミングを狙ったつもりだったんだが。此方を見もせず、無造作に放り投げられたのは可愛らしいチロルチョコ。


「…何でこんなん持ってるんっすか」
「ハロウィンだからな」
「…」
「お前が仕掛けるなら朝だと思っていたが、予想が当たった」

 …流石空条承太郎。ばっちり此方の行動は読まれていたようで。

「次は俺の番だからな」

 と、滅多に見せない最高の笑顔を浮かべたのが、今朝の出来事。


 んで、互いに仕事に行き、昼食を取ってまた働いて帰宅し、今に至る。
 まさかの買い忘れと云う事態を犯した俺と、完璧にしてやったりな表情の承太郎さん。かぷかぷかぷ。首筋への刺激は止まらない。

「…擽ったいんですけど」
「だろうな」
「何時まで噛むんっすか」
「気の済むまで」
「せめて玄関じゃなくて部屋に入って…んっ…」


 淡い刺激から急に吸い上げられ、思わず声が漏れた。ああ、これはもう完全に。

「痕つけないで下さいよ…また絆創膏貼らなきゃいけなくなるじゃないですか」
「悪戯だからな」


 矢張り俺の抗議は無視され、形の良い指がツナギのファスナーを下ろす。そして次々に刻まれていく赤い印。この季節だからまだ良い物の、夏なら地獄だ。炎天下にタートルネックなど自殺行為意外の何物でもない。


「…明後日、スーツ着なきゃいけないんですよ」
「ふぅん。クリーニング出しとけよ」
「…今から出しに行ってもいいっすか」
「駄目だ、逃がさねーぜ」
「ですよねー…」


 はぁ、っと溜め息を零したがお構い無しに承太郎さんがシャツを捲り上げる。こうなっては俺も諦めるしかなく、少し癖のある髪の毛をかき混ぜ、悪戯の証をどう誤魔化そうか脳味噌をフル回転させた。


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