其処だけは揺らがぬ場所だった。



 決して小さくは無いこの身体を抱き締める仗助の腕はいつの間にか一人の男へと成長していて、あの頃みたいに震えては居ない。子供の成長は早いと云うが、もう俺は追い越されてしまったのだろうか。いや、我が子でも何でも無いのだが。



「大丈夫ですよ承太郎さん。俺が居るから」



 極めて自然に、何の虚勢もなくそんな事を云う。
 がむしゃらに耳を赤くしながら叫ぶように愛を伝えていた高校生の面影はもう無く、凪の様に穏やかで、ガキが一人前に吠えるなと笑ってやった日々は記憶の中に埋もれてしまった。



 勿論、それで良い。



 10年も経てば、人によっては殆ど変化が無くても、多感な少年が大人へとなり変わるのには充分過ぎる。何よりも大切だと思っていた物を捨て去り、新しい物を見つけていく。
 一度距離が離れ、てっきり切り取られるとばかり思っていた俺との事も、またこいつは新しく拾い直した。


「承太郎さん、好き」


 何処で覚えてきたのか、宥めるようなキスを頬や目元へ。擽ったさを感じて、こら。と身を捩ると、胸元に押し付けるように抱き竦められた。
 多少の息苦しさは感じたが、敢えて押し返す気にもならず甘んじてみる。



『あなたは独りで生きていけばいいわ。誰も必要ないのでしょう?好きにしなさいよ』


 吐き捨てるように告げ、元の妻は家を出て行った。
 顔はぼやけているが、扉の向こうに消えていったブロンドの長い髪の毛だけは脳裏に鮮明に焼き付いている。
 それ以来、弁護士を通じて事務的な処理を行う以外は関わっていない。忙しさを理由に娘に会うこともしなかった。


 言い訳にしかならないが、長い旅の末沢山の仲間が死に、何処かで諦めていたのかも知れない。無事に暮らしてくれるなら良いとぼんやり思い、それを逃げ道にながら淡々と日々を過ごしていた。


 そこに台風のように現れたのがこいつだ。
 ちょうど20歳の誕生日、アポも何もなくいきなりアメリカまでやって来て、本来であれば女に云うであろう愛の告白とやらをしてのけた。
 今はもう笑い話になってしまったが、これまで生きてきた中であれ程驚いた事もそう無い。

 
あれからもう数年。
 仗助の生まれた街に戻り、2人で暮らしている。1人で眠ることも滅多に無くなった。
 初めは少し狭いように感じたベッドもこいつがくっついてくる所為か、充分な余白がある。
 そして夢見が悪ければ、俺が眠るまで抱き締め背中を叩いてくれた。
 


 そう、まさに今、この瞬間。



「眠れそう?」


 柔らかに問い掛けられ、返事をする代わりに回した腕に力を込める。顔を上げずとも、大方の表情は予想が付いた。
 


 こいつは揺らがない。泣いたり笑ったり怒ったりとコロコロ変われども、一番の芯は昔からちっとも変わっていない。何度でも俺の名を呼び、不安さなどを感じさせる暇もなく好きだと紡ぐ。

 これからもそうである保証など無いし、先を勝手に期待し其処に胡座をかくつもり等はないが、矢張り変わらないと思う。 すっかり慣らされたものだと我ながら呆れるが、決して嫌では無くて。


「…仗助、おやすみ」
「おやすみなさい。承太郎さん」

 幾度と無く交わしたそれをまた重ね、きゅっと目を閉じた。
 ああ、そう云えば昔は逆だったかと沈み行く意識の中で唐突に思い出し、少し笑う。
 一瞬撫でる手が止まった気もしたが、包み込む眠気はとても優しく結局朝まで一度も起きることはなかった。


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