仗承前提・露伴と仗助
続きのような違うような




 前方から歩いてくる姿には見覚えが有った。一度見たら忘れる筈も無い髪型と、逞しい身体、何処か彼を思わせる顔立ち。
 あちらも直ぐに気付いたようで、来た道を引き返そうかとも思ったが、一本道な上「露伴!」と無遠慮に名を呼ばれながら駆け寄られてしまうと逃げ場を失ってしまった。あっという間に距離が縮まる。


「ちゃーっす」
「…久しぶりだな、東方仗助」
「あ〜。3ヶ月ぶりぐらいっすね。仕事はどうっすかぁ?」
「心配されるまでも無い」
「ま、そうだろーなぁ。何してんの?」
「……散歩がてらスケッチだ」

 お前には関係がないと云ってやりたかったが面倒な事になるのも嫌で、手の中のスケッチブックを軽く持ち上げた。
 ちらりと手元に目を落とし、興味があるのか無いのかふーんとだけ呟いて、再度仗助が顔を上げる。
 早く立ち去りたかったが、横をすり抜けようとするとさり気なく進路に移動され叶わずに眉根を寄せた。こいつは嫌いだ。


「何か用事か」
「いや、用事はねぇんですけど〜」
「無いならどけ。僕は忙しい」

 これ以上関わりたくもないと強引に立ち去ろうとした時徐に腕を伸ばされ、反射的に身を固くする。が、その手は大きさからは想像がつかぬ程優しく僕の頬を撫でた。母親が寝ている子供の頭を撫でる時の様な柔らかい手付き。
 ただ、違うのは体温。こんな夏の日だと云うのに死人の如く冷たい。正直、ぞっとした。


「おい、離せ」
「話があるんですよ、あんたに」
「僕は話すことはな」
「だから、俺があるんですって」

 僕の言葉を遮る、声。 その響きにまたぞくりとする。普段の煩さや明るさは微塵もなく、かと云って陰鬱な類でもない。
 僅かに好奇心を擽られたが、言い知れぬ畏れの方が強く気付けば一歩後退していた。決して気温だけではない汗が背を伝い服に染みる。持ち慣れたはずのスケッチブックが妙に重い。


「行きましょうか、露伴」


 ぽんっと肩に手を置かれ、逃げ出すことは叶わなくて。
 蝉の声が遠くで聞こえ、何処までも纏わりつくような、それでいてひたすらに無機質な仗助の声と溶け合った。





「俺のスタンドってね、承太郎さん程じゃないけど強いんです。でもってね、俺自身も結構強いんですよ」


 半ば押し切られる格好で自宅へと戻り、仗助もそれに続いた。相変わらず立派な邸宅だと呑気に辺りを見渡していたが、暫くして飽きたのかソファーへと腰掛け、開口一番それだ。
 

「何の話だ」
「分かってるクセに」

 わざとらしく、内緒話でもする時のように楽しげに肩を揺らす。
 そのままテーブルの上に有った灰皿…空条承太郎の為に用意したものを引き寄せ仗助は火をつけた。ライターはお揃いらしく、何度か同じ物を見た記憶がある。全く彼と同じ香りが部屋中を包み込むも、妙に目に染みたのは錯覚か。


「俺ね、今すぐにでもその気になればあんたを殺せるんです。スタンドを使わずともね」


 ふうっ、と新たな紫煙を漂わせながら何でもない事のように言い切った。下手すれば聞き逃してしまいそうな何気ないトーンではあったが、決して冗談で無いことは明確に伝わり、ほぼ身動きもせぬまま相手に全神経を集中させる。
 飛びかかってくる様子は無いけれど、気付いた時に腹に穴が空けられていては堪らない。認めたくは無いが、強いのだ。スタンドも、こいつ自身も。


「まぁ俺も別に殺したくはないんだけどさー。なまじ治せちゃうから、殺すより酷いこと出来るし」
「…何故僕が殺されるんだ、お前に」
「だから、分かってるでしょう」


 ぐしゃっとガラスの灰皿にタバコが押し付けられ、そんな仕草まで2人は同じだと妙に感心してしまった。人は自らと同じ仕草をする相手に惹かれると云う。似たのか似せたのかは分からないが、もし意図的だとしたら、相当だ。



「どうさせたいんだ」
「だからー、潔く手を引いて下さいよ、承太郎さんから。そしたら万事解決です」
「…断ったら?」
「そーだなぁ…。あんたを殺すのも良いけど…承太郎さんを殺しましょうか」
「……は?」


 思いもかけぬ言葉に流石に唖然とし、それ以上の返答を失って特徴的なリーゼントを見つめた。昔、髪型の事を貶した時は馬鹿みたいにキレて喚いていたが、今日は違う。


「だってあんたが死んだら多少なりとも承太郎さんが気に病むでしょう。勿論、そのままブッ壊しても良いんだけど…やっぱ可哀想だし。だったら承太郎さんを殺してしまえば永遠に俺のもの。かつ、死んだのはあんたの所為。良いっしょ、これ」
「一体何を、」
「あんたの所為で空条承太郎は死ぬってこと」



 職業柄、人の感情を読み取り想像する事はそれなりに得意だが、こいつは全くもって計り知れない。
 愛しすぎて凶行に走るというのは理解出来なくもないが、そんな奴はもっとがむしゃらで何も見えて居ない。だが、このガキはそうではない。



「ねぇ、露伴。分かりますか?」


 にぃっと厚い唇が優雅に弧を描き、テーブルを挟んで離れていた筈の距離は極自然に縮まっていた。


「…っ!?」


 あれほど身構えていたのに、隣に奴はいる。侵入を許してしまった僕は無防備だ。――何を、死ぬのか、殺されるのか、防御は、スタンドを…と様々な思考がほんの一瞬で脳内を駆け廻り消えていく。



「承太郎さんを愛してるのは俺一人で良いんです。あんたなんか要らない」
「…僕は…っ、ぐはっ…!」
「要らないんっすよ」



 ひらひらと手を振る仗助が一瞬ぼやけ、僕はソファーから転げ落ちていた。鳩尾に焼け付くような痛みが広がり巧く呼吸が出来ず、ひゅるっと喉が鳴る。

 したたか耳を打ち付け殴り飛ばされたのを知ると同時に、容赦なく髪の毛を掴まれ顔を持ち上げられた。ぐっ、と思わず悲鳴が漏れる。

 真っ直ぐ見据えられ、皮肉にも目の前の男に彼の残像が重なる。深い深い海の色をした瞳が酷く懐かしい。


「先生、もう承太郎さんには会わないで下さいね。死なせたくなければ」



 彼と同じ様に僕を呼び、自分が殴った時に出来た頬と唇の傷をスタンドで修復した。白いスタンドの姿に己のスタンドを呼び出し掛けるも、殺気はない。

 手品の様に消える傷。

 微かな痛みは残ったが、直後の焼け付くようなそれも瞬く間に消えていて、乱雑に掴まれた髪の毛も綺麗に撫でつけられる。
 …それは、矢張り彼と同じ手付きで、床に着いた指先が震えた。何かを喋ろうとするも、乾いた喉からは巧く声が出ない。 


「すんませんね。それじゃあ、お時間取らせました」


 ぺこりと何事もなかったように頭を下げ、そのまま腰を浮かせると、一度も振り返らず仗助は部屋を出て行った。





 ずっと見ていた。小さな明かりを頼りに、2枚のメモを飽きもせず眺めた。
 メールアドレスと、簡素な一言のみを綴った手帳の切れ端。当人は書いたことさえ忘れている筈の、白く小さな紙。文面はおろか、筆跡も文字の濃さもインクの色も全て記憶してしまっている。


 僕がこれ以上踏み込めば、仗助は本当に殺してしまうのだろう。それを愛だと信じて疑わずに。…いや、そんな甘い物じゃない。信じる事は一度でも疑うことが前提なのだから。

 依存だとか盲目だとか、そんな風に簡単に名付けられたなら良かった。しかしあの二人はそうじゃなく、もっと禍々しい。
 踏み込むな、これ以上近付くなと、脳の中で警鐘が響く。所詮興味本位から身体を重ねただけだ。切り捨てようと思えば何時でも離れられる。だから、だから。


――忘れてしまえ。


 そう、それが一番良い。彼を切り離し、元に戻るだけだ。
 どうせ滅多に会わずに気紛れで呼び出し、セックスの後にはすぐに帰ってしまうような相手だったのだ。何の未練も、ましてや愛情など有るわけもない。
 この質素な紙切れも、破いてしまえば終わる。どっかの馬鹿のように直せはしないのだから。


すぅっと息を吸い込み、掌の中で一気に握り潰した。何の抵抗もなく用紙はひしゃげて、紙屑に成り下がり床に転がった。
 途端、あの身体を、声を、指先を、何よりも綺麗な双眸を思い出し固く目を閉じる。
 だが、記憶の中で探ってみると、二人の姿が重なった。


 もう、二度と彼だけを思い出すことは出来ないのだろう。どうしたって仗助が付き纏うのだ。僕の脳の中でさえ。



 僕の中の彼はすでに殺されたのだ。


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