仗承前提・承←露




 久々に部屋を訪れた彼は丸でこの空間が自らの所有物で有るかのように横柄にソファーに座り、酒を要求した。
 好きなように飲んで下さいと告げると一度キッチンに消え、アルコールを嗜むにしては随分と大きなグラスにワインボトルを数本、オープナーとつまみを盛った皿と共に先程の位置へ。



 そのまま丸で僕など存在しないかのように一人黙々と飲んでいる。たまに資料の一部として取り寄せた国外の絵画集を眺めながら。




 さして会話は無い。勿論投げかけた言葉や問いは返って来るのだろうが、何を喋れば良いのか掴めないのだ。試した事も無い。
 常人よりコミュニケーション力が低いことは重々に自覚しているしそれをどうにかするつもりもないが、目の前の空条承太郎と居る時には少し不便に思う。
 決して意志の疎通を謀ろうだとか和やかな談笑を望んでいるわけではない。ただ、彼の紡ぐ話を聞きたいのだ。スタンド能力では見ることの出来ない、彼の違う部分を。無機質に並べられたら活字をただ目で追うのではなく、背表紙を外して中を覗いてやりたい。
 …まぁ、どういう手段を取ろうが可能だとは思えないが。




「何を見ている」
 2冊目の本を開き、項をめくる指が中盤に差し掛かった時だった。静まり返って居た部屋の空気が低い彼の声によって一瞬でパリンと砕けた。
 だが問いかけた割に当の本人は此方を見もしない。それなのにこの部屋の静寂を変えた絶対的な余韻と存在感だけは色濃く残っており、無視も出来そうになかった。



「…貴方を見ていました」
「何故」
「美しい物を鑑賞するのに理由が必要ですか」
「観察、ねぇ」


 正直に答えると、ぱたんと重たい本が閉じられ、漸く視線が向けられる。いつぞやに何処ぞのガキが澄んだ海のようだと表現した、碧玉。
 たまに顔を合わせると意見は対立してばかりで彼奴のことは大嫌いだが、その点だけは同感だ。


 気付けば大柄な体躯に似合わず猫のようにしなやかな動作で彼は隣に座っていた。存在感はとても強いのに、何故か瞬時に消えてしまいそうな儚さも感じる。丸で童話で出て来た人魚のようだ。
 最後には泡となり消えていくだなんて、余りに似すぎてやしないか。ああそう云えば先日取り寄せた絵本がまだ届いていない。来るとしたらそろそろか、遅くとも今週中には、



「先生」



 何時もの癖で一人きりの世界に入り込みそうになった時、再度声を掛けられ我に返った。他人であれば嫌悪しか浮かばぬだろうが、相手が彼と云うだけで嫌ではない。


「すみません、考え事をしていました」
「何を?」
「貴方のことを」
「ほう」


 僅かに目が丸められた後楽しそうに口端が持ち上がり、一方的な接近によって間合いが詰められる。そのまま柔らかな感触と共に唇が重なり合うと、貰うばかりで一度としてまともに飲んだことのないアルコールの味がした。――苦い。

 僅かに眉を寄せ逃げようとしたけれども、後頭部に伸ばされた腕に阻まれ逢瀬が続けられる。
 抵抗は止め割り入って来た舌を殆ど反射的に絡め取り、唾液と混じらせながら吸い上げると、服に添えられた彼の手に力が籠もるのが分かった。

 


「…このまま抱きたいか?先生?」



 幾度もキスを続けすっかり身体中が欲に蝕まれ始めた頃。たっぷりと艶を含んだトーンで問われた。だがその合間にも、自らのベルトのバックルを器用に外している。
 見せつけるようにファスナーを下ろされると何時もは厳重に隠された肌が少しずつ露わになり、目を逸らす事など出来るわけもなく肯定の変わりに上着を脱ぎ捨てた。



 意図を瞬時に把握したのか先程とは違い、噛みつくように激しいキスが仕掛けられる。夢中で応えていると鉄の味がしたから、本当に切れてしまったのだろう。
 ほんの僅かに罪悪感は感じたが、どうせすぐ誰やらに治して貰うのだろうと思考を放棄した。



 


 ソファーの上で目を閉じながら気怠い身体を横たえて居ると部屋の扉が開いた。彼がシャワーを浴びて戻って来たらしい。
 耳を澄ませるも足取りに乱れなどは微塵も無い。彼方が抱かれる方とは云え、基礎体力が違うから疲労はほぼ感じないのだろうが。悔しい気はしないでもなく。



一度側に来て顔を覗き込まれた気がしたが、起きるのが億劫で寝たふりをしたらブランケットが掛けられた。こういう所は優しいと云うか育ちが良いというか。



 ふと、規則的な電子音が響く。どうやら彼の携帯電話だったようで耳障りな機械音が消えると、変わりに「もしもし」と抑えた声が耳に飛び込んだ。
 盗み聞きは趣味で無いにしろ、ついそちらに意識が向く。



「俺だ。…ああ、お疲れ」

電話の相手はすぐに予想がついた。


「ん?…ああ。…お前の知らない店だ」

あのガキだ。

「…そう、近い。…明日仕事だろ。……そうか、悪かった。…ん、食わせてやるから」

目を閉じたままでも浮かぶ彼の表情は綺麗で。

「…そうだな、じゃあいつもの場所でいいか」

僕の知らない空気を纏って。

「…ん、後でな。…俺も愛してる」

暖かな愛を語る。



 それきりまた静けさが戻り、来た時と同じ様に彼が向かい側のソファーに座る気配がした。


 先程の内容から察するに待ち合わせをしたのだろうが、まだ時間があるのだろう。
 散々他の男に抱かれた後どういう気分で恋人に愛を紡ぐのかを嫌みの如く(と言うか100%嫌がらせで)インタビューしてみようかとは思ったが、止めた。
 ただ身体を重ね合わせただけで、彼の感情に変化などある訳もない。
 先程の会話が全ての答えだ。


 間違いなく空条承太郎は東方仗助だけを愛している。1ミリも揺らがず真っ直ぐに。
 それを基準とするならば、こうして僕に抱かれるのはただ日常生活の一環にしか過ぎない。
 彼にとってはあのガキだけが全てで、他の事になど意味を求めてはいない。


 「抱かせて欲しい」と云ったから興味も無く頷き、淡々とそれを実行したんだ、彼は。そしてそれが続いているだけだ。感情など有るはずもない。
 歯を磨き顔を拭いて鍵を閉め歩き出す時と同じように、何も伴っていない。
 永遠に此方を見る事も気付く事すらも無いまま。



 最初はただの好奇心しか無かったものが、我に返れば経験が無い位にのめりこんでいた。
 何時しか彼を求め背中を追い、その度隣に並ぶガキの存在を鮮明に感じ立ち止まる。この関係は今はまだ気付かれて居ないけれど、その内に露呈するのだろうか。そして僕は好奇心を盾に、素知らぬフリをつづけるのだろうか。――分からなかった。



きぃ。



 徐に部屋の扉が閉まる音がしてゆっくりと目を開ける。
 暫し視界がぼやけた後鮮明に象を結ぶと既に彼はおらず、ボトルやグラスも無くなっていていた。同時に鍵の閉まる音が聞こえ、完全に立ち去ったのだと知る。



 本当に眠ってしまおうかと思うもとてもそんな気分にならず、ソファーから立ち上がりかけた時、視界に入った白いメモ。 手帳の切れ端だろうか、一面がぎざぎざだ。




 癖の無いお手本のような文字に目を通すと
「また連絡をくれ」とだけ書いてあった。小さめの文字の所為か、余白が多分に余ってしまっている。

 きっとこの家を…いや、部屋を出た瞬間に僕は彼の脳内から消えるのだろう。此方から連絡をしなければ二度と会うことも無く時が流れる。余りにも確実な予測、つまりは確信。



 それを知りながらも、またメールを送りセックスをする。そういえば電話番号は知らない。初めて此処に招いた時連絡先を問うとアドレスのみを書いた紙を渡されたのだ。
 あのガキは24時間気兼ね無く下らぬ用事でも掛けているだろうに、随分な差じゃないか。滑稽な程に。



 国外から取り寄せた、既に絶版になっている海や海洋生物の絵画集を本棚に戻し、手の中の用紙を握り潰す。ひ弱な紙は簡単に形を失い、しわくちゃになった。
 そのままダストボックスに投げ込もうとするも、結局は投げられないまま引き出しを開ける。アドレスを書いた紙の上に丁寧に引き伸ばし、そこに入れ、再び閉めた。



 矢張りもう一度眠ろうかと彼が座っていたソファーの上に身体を丸める。当然もう体温など消えてしまっているが。たった一枚だけのメモを置き、ほんの微かな暖かささえ残してはくれないのだ。何も、奪えやしないのだ。




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