こうしてじっくり眺めると、あの意志の強そうな瞳は勿論、空気感が酷く似ていた。親子だな、としみじみ思う。



平日のデパートはそこまで賑やかでもないが、閑散としているわけでも無く程良く人が往来している。俺の視線の先には、ともすれば男女のカップルに見えなくもない父娘。
色違いの服を身体の前に当てて鏡を見ながら楽しげな娘とは対照的に、父の仏頂面は普段よりも濃い気がする。
彼の片手には色とりどりな紙袋。不機嫌にも磨きが掛かるわけだ。


ちなみに俺の両腕は、同じ様な袋ですっかり埋まってしまっている。決して重くはない。無いがのだが…何だか疲れた。
体力には自信があるけれど、女の子の買い物は倍の早さで男の疲労感を募らせるらしい。



それにしても、幾ら世界広とはいえ、彼…もとい承太郎さんに荷物持ちをさせられる徐倫は、本当に凄いと感心してしまう。

昔ほどで無いにしろ、基本的に承太郎さんは気が長い方じゃない。ぶっちゃけ短気だ。
どちらが良いかと迷えば両方買うし、レストランでも30秒くらいでメニューを決める。殆どの場合に置いて行動は迅速。
たまーに大好きなイルカやヒトデさんに夢中な時はそこから離れないこともあるが、あくまでそれは例外な訳で。俺がチンタラしてたら拳が飛んでくることも珍しくない。


その承太郎さんを平然と側に侍らせ、荷物持ちをさせながら挙げ句全ての支払いを押し付けられるのは、絶対にこの世界に彼女一人しかいないだろう。
俺が同じ事をしたら、オラァッどころかマジ切れされて家に入れてもらえないに違いない。


「両方とも良くお似合いですよ」
「そうかしら。なら2つとも頂くわ」
「ありがとうございます」


丁重に頭を下げる若い店員さんに、眉間の皺を濃くした承太郎さんがカードを手渡す。先程から幾度と無く繰り返された光景につい笑ってしまうと、思い切り睨まれた。


「仗助、笑ってねぇでさっさと持て」
「えっ、俺ももう結構手が塞がってるんっすけど」
「なら首からでも掛けておけ。俺は疲れた」
「首って…んなムチャな」


しかし承太郎さんが指示したのか、先程の店員さんが伝票のサインをもらった後真っ直ぐ俺に向かって来て、新たな袋を差し出された。
柔らかな顔立ちの中に明らかな同情の色がある。気を使わせて誠に申し訳ない。


「大丈夫ですか?」
「何とか。あ、すんません」


店員さんに手伝ってもらいつつ、どうにかこうにか紙袋を追加で腕に持ちふぅっと息を吐いた。
顔を上げると既に2人はいつの間にやら正面の店に移動しており、承太郎さんがTシャツを当てがわれている。
黒いVネックは引き締まった身体を際立てて中々悪くない。

似合うじゃない、と笑顔を浮かべた徐倫に変わらぬ仏頂面が一瞬和らいだ…様な気がした。
そしてまた他の商品に手をのばす彼女に承太郎さんは溜め息をつく素振りを見せたが、碧玉の瞳は呆れつつも優しさを含んでて、つい俺は見惚れてしまう。



当然の事ながら俺には子供がいない。承太郎さんと共にいる限りはずっと。もしかしたら何時かそれぞれが違う道を選び、父親という立場に変わるかもしれないが、今の所その気は無い。
母親に孫を抱かせてやれないのは申し訳なくも思うけど、これも一つの生き方なのだから後悔なんてしていないし、他の何よりも承太郎さんを大切に思っていることを偽る事は出来無くて。
葛藤と苦悩の末、今こうして彼の側に居る。


「ねぇジョースケ、これ父さんにどうかしら」


ふと脳内に響いた声で我に返ると、服ではなく何故かサングラスを手にした徐倫がこっちを見ていた。随分とシャープなフォルムだ。
背伸びしてヒョイと承太郎さんの顔に黒いレンズを掛ける。
…完成図の想像すぐについたが…これはちょっと…。


「…似合わねぇだろ」
「父さんには聞いてないわ。どうかしらジョースケ?」
「…外で会ったら確実に脇に退きますね」
「やっぱり?我が親父ながら何処のヤクザのボスかと思うもの」
「…おい」
「冗談よ。それ買ってあげる」

彼女は再び腕を伸ばすとサングラスを取り外し、本日初めて出すであろう財布を持ちつつ素早くレジへと向かって行った。
その足取りはとても軽い。


「…ねぇボス」
「誰がボスだ下っ端チンピラ」
「酷っ!良く云われっけど…じゃなくて、あのサングラスって」
「…何だ」
「昔、承太郎さんが持ってたヤツに似てますよね」


何時だったか写真を見せてもらった事がある。海で小さな娘と戯れるサングラス姿の承太郎さんが写っていた。
その中の一枚。先程と同じ様な優しい目をして彼が娘を見ていたのを覚えてる。
サングラスはすっかり玩具にされたらしく、ちっさな手の中で乱雑に握られていたけど。


「…あれは結局壊された。昔からお転婆な奴だったからな」


懐かしげに、そして愛しげに紡がれた声は紛れもなく1人の父親としての物で。


「パパに似たんじゃないっすか?」
「…否定出来ねぇな」


何度目かの溜息をつきながら肩を竦める承太郎さんについ笑ってしまった。


彼が本当に守るべき物はこの世界でたった1人の娘であって、決して俺ではない。俺であってはいけない。そんな物欲しくない。
承太郎さんの過去も今もそして未来も、紡いで行くのは全て彼だ。それを都合良くねじ曲げ切り捨てて、俺が鎮座する事が正しい訳もない。
ただ、有りの侭に受け入れていけばいいと思う。誰かの全てを愛すだなんて綺麗事だけれども、俺は承太郎さんも彼の愛する物も全て取り零したくはない。例え傲慢でしかないと云われても。


俺は、そうありたいと願う。



「お待たせ!包んでもらったら遅くなっちゃった」


慌ただしいヒールの音と共に戻って来るなり徐倫は小さめの茶色い紙袋を掲げて見せた。赤いリボンがちょこんとくっついてて贈答仕様だ。


「わざわざ包装したのか」
「だってプレゼントだもん。家につくまではお預けだからね、父さん」
「…やれやれだ」


悪戯っぽく笑ってみせる彼女の頭を大きな掌が撫でた。流石というか何というか、髪型を乱さない術は完璧に心得ているようで、少しばかり照れたように承太郎さんそっくりな瞳が彼を見上げる。
決して女の子としては小さくない筈の彼女も、相手が父親だととても小柄だ。


「もうっ…。何時までも子供扱いするんだから!」
「子供だからな。それより買い物は終わりか?」
「ひとまずは。けど歩き回ったからお腹空いちゃった。仗助、何が食べたい?」
「んー、焼き肉とか!」
「あ、賛成!父さんも良いわね」
「昼間っから胃にもたれそうなものを…」
「良いじゃないたまには。どこにあるの?」
「地下街っすよ。あ、エスカレーターがあるからとりあえず下りましょーか」


俺が指し示して向きを変えると、承太郎さんの渋い顔を浮かべたがそれ以上の文句は出ない。
最強のスタンドを持ち、誰にも劣らぬ頭脳を持った強靭な彼も、何だかんだで娘には勝てないという事か。


「後で胃薬あげますよ、ボス」


そっと承太郎さんに耳打ちすると、馬鹿にするなと横腹を小突かれそうになった。だが伊達に10年近く共に居た訳じゃないので軽く避ける。
…いや、別に攻撃を交わせるようになる為に共に居た訳でもないけれど。


「絶対まだ荷物増えますから、無理しない方が良いですって」


念のためにも飲んでおいた方が良いっすよと更に勧める俺に、そこまで歳じゃないと承太郎さんが応酬する。今は触れられない俺らの代わりのように、互いの紙袋がガサガサと擦れ合った。


「ちょっと、何してんの〜!」


その内に前方から、早く!と痺れを切らした徐倫の声が聞こえ、互いに目配せを交わした後結局逆らえもせずに2人で足を早める。
遅い!と怒られ拗ねる承太郎さんを慌てて宥めながら、エスカレーターに歩を踏み出した。





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