財団に提出するための書類を纏めていた。詳しい死因を書き連ねるのはとうに慣れたが気持ちの良い物ではない。そもそも慣れて良い類の物でもないのだが。


印刷されたばかりの文字の羅列に、万年筆で加筆を加えていく。これを俺に送った当人も、まさかこのような殺伐とした文章の為に使われるとは思ってはいなかっただろう。本当はもっと違うことを書きたいと、つい溜め息が漏れる。黒いインクは願わずともすぐに紙の上に染み込んでいった。


感覚的には二時間ほど経った頃。指や肩に痛みを感じ、幾らか頭痛がした。時計を見れば二時間所かその倍近い時が経過していて、そろそろカーテンの外が明るくなり始める頃だ。固く目を閉じこめかみを抑えてみると、瞼の裏で文字の羅列が踊った。



結局簡単なマッサージ程度では頭痛は治まりそうもなく、コーヒーでも淹れて少し休憩をしようとした時、年下の叔父が忘れていった漫画本が目に入りふと、先日のことを思い出す。「俺があんたを守りますから!」悲鳴のような声と共に向けられた余りに真っ直ぐな視線は、己には無いもので無駄に眩しくて。
弱いくせに。と笑う俺に途端に頬を膨らませた。常々思うが、良くもまぁこうコロコロと変わる。俺が一生掛かっても使わない筋肉を、あいつは1日で何度動かすのだろうか。


出来れば巻き込みたくはなかった。血筋だのスタンド使いの宿命だのを言い出してしまえばどうしようも無いが、あいつは俺やジジイとは違う。俺やジジイは逃げる術を知っている。敵の前で背中を向けると云う事じゃない。見なくて良いもの、不要と判断した物を切り捨てる術を知っているという事だ。


馬鹿みたいに真正面からぶつかって痛い目を見るのは自分なのに。良く云えば純真、悪く云えば単純。女には不自由しねぇだろうに、どうしてわざわざ俺なんかの前で立ち止まった。人を治す癖に自分を治癒出来ないなんて、あいつの生き方そのものじゃねぇか。


真っ黒なコーヒーに半分だけ砂糖を入れる。無糖に慣れた舌にはそれだけで随分甘ったるい。
あいつは砂糖もミルクもたっぷりと入れるから、いつの間にやら買い置きするクセがついてしまった。そう言えば、俺自身は食べたことの無い菓子がテーブルの上に我が物顔で居座りだしたのも、あいつが此処に来てからだ。
偉そうなことを云って執着しているのは此方なのか。その気になればどうにでも出来るのに、引き剥がさないのは俺自身の意思でしかない。食べかけの菓子の袋一つ捨てるのも儘ならないなんて、余りに滑稽だ。



まだ、報告書は終わりそうにないが、再び紙に向き合う気力が沸かない。そもそも頭が回りそうにない。その癖高ぶった神経は、肉体の疲労を持ってしても寝かせてくれそうにない。
…何だ、ないばっかりじゃねぇか。有るのは仕事だけだなんて眩暈がする。色んな意味で。
ああ、海に行きたい。深海に潜って、何も考えず水中の生物達を眺めたい。海の流れに身を任せて波の音だけを聞いていたい。それから、最近触って無いギターも弾きたいし、ガレージに置きっぱなしのバイクのチューニングもやりたい。


浮かんだ願望がぐるぐると脳内を巡り、消えて、結局は一つの像になった。行き着く所は、毎回同じだ。どうしようもないと一人自嘲して、散らばっていた菓子袋を手の中で握り締め、ゴミ箱に投げ入れる。だが、それすら巧く入らず絨毯の上に落ちた物だから、ソファーに倒れ込んで四肢を投げ出し盛大にため息を吐いた。――大人しく守られろと云うことか。


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