「で、あんたの目的は承太郎さんを殺す事、だと。そう理解してOK?」
「そ、そうだ…!今は…亡き…我らが帝王の為に…ぐぁぁあぁっ…!!!」
「別にさーあんたらが何考えてようと何しようと俺は興味ないんっすけど、承太郎さんが絡んだらそうもいかなくてよぉ」
「き、きさまっ…ひぐぅぅあアッっ…!!!」
「あの人は今幸せな訳よ。だからさー、困るんだよね。こういうのはさ」
「ぁぁああ゛っ…ア゛ッ!!!」
「おーおー。失神しねぇのは素晴らしい。いや、この場合は不運になるんかな?まぁとりあえずさ」
「あ゛ぁっ…あ゛…」
「死んでくれますかね?つぅか、死ね」



「ただいまっす承太郎さん」
「…仗助…遅かったな」
「ごめんなさい、天候の所為で船が少し遅れちまって」


足音と気配を感じていたのだろう、家に入るなり承太郎さんは玄関で待っていた。
沢山の食材の入ったダンボールを足下に置いて、ぎゅっと抱き締める。身体が随分冷たい。
「何時からここで待ってたんっすか?」
「…判んねぇ」
「ずいぶん冷えちまってますね。早く部屋にいきましょう。風邪ひいちまいますから」


俺が手を引くと承太郎さんは素直に着いて来た。指先もこれ以上にないほどに冷えてしまっている。ああ、暖かくしてなきゃ駄目だときちんと言い聞かせておかなければ。
幸いにもリビングには暑いほどにエアコンが効いていた。朝俺が出た時のままみたいだ。暖かい空気に僅かに承太郎さんが息をつく。矢張り随分寒くて心細い思いをさせてしまったのだろう。
こっちに、とコタツの中に誘導してやると、漸く全身の強ばりがとけたらしい。けれどまだ俺の手を離さない。ダンボールの中の食材が気になったが、この寒さなら暫くは放っておいても大丈夫。


「お昼ご飯はちゃんと食べましたか?」
「ん…食べた…仗助の作ってくれたやつ…でも…」
「でも?」
「皿、そのままだ…」
「じゃあ、夕食が終わったら一緒に洗いましょうね。そうそう、今日は鮭とほうれん草のクリームパスタっすよ」


美味しそうでしょう?と微笑みかければ久方振りに僅かな笑みが向けられた。その瞳に嘗ての様な鋭さは無いけれど、変わりに庇護欲を擽られ少し癖のある髪の毛を指先に絡める。

承太郎さんと島に暮らし初めて一年半。住人は殆どが高齢者で優しい人ばかりだ。家電製品などを直すと、お礼に野菜や魚をくれるから随分と助かっている。
小高い丘の上にあるこの家からは青い海が良く見えて、虫はたまに出るけれど中々良い所だ。
ただ、この島には小さな雑貨店しかなく肉などは売っていないため、一週間に一度程は船で本島に渡っての買い物が欠かせない。ここに暮らし出した当初は二人分の買い物の量なんざ判んなくて、良く同じメニューが続いたが、今はそんな事も無い。料理も余程難しいものでなければ一通り作れる様になった。


――二年前、承太郎さんは周りの人間を一気に失った。スタンドではない。交通事故だ。

正月に自分と娘と祖父(まぁ俺の父親なんだけど)で日本の実家に帰っていた。俺もお邪魔したが、3日からは仕事だった為一足先にお暇した。
賑やかな正月を過ごし、アメリカへ帰るため実家を出て両親に祖父、娘が乗った車で空港に向かっていた時、トレーラと衝突したのだ。運転をしていた承太郎さんの父親と助手席のホリィさん、高齢だった俺の父は即死だったらしい。
承太郎さんは咄嗟に娘の徐倫を庇ったらしいけれど…結局、自分の腕の中で息を引き取り、承太郎さんも意識を失って病院へ搬送された。
前日、遅くまで承太郎さんと電話していた俺が、着信履歴を見た警察からの連絡を受けたのは事故から暫くしてから。
とても信じられなくて、どうやって病院に向かったのかは覚えていない。兎に角気付いたら自分の街から車で三時間の病院に居た。承太郎さんは包帯でぐるぐる巻きで、酸素マスクをつけた姿でベッドにいて…生きているのが奇跡だと云った医者の一言は今も覚えている。
俺のスタンドで治してはみるものの、ちっとも目を覚まさなくて…結局丸3日は眠っていた。その間、本当に生きた心地がしなくて、目を覚ました時には泣き崩れた。良かったと。
けれど、俺の父親も含め承太郎さんは家族を一気に失ったのだ。まだ入院していなければ…という医師や俺を振り切り、家族の葬儀を執り行った。一度も泣くことすらなく。
けれど…納骨が終わり、俺の家に帰った途端、承太郎さんは崩れ落ちた。


それから、俺はずっと彼の側にいる。沢山の思い出が残る地を捨てて、2人だけの場所を求めて。嘗ては食事すら取らず、一日中何を話しかけても反応の無かった承太郎さんは、随分元気になった。
最近は、俺と一緒なら海辺の散歩したりもする。本棚に並べた大好きな海やイルカの写真集も時折眺めているし、1日程度なら俺が買い物にいっても留守番をしてくれる。ただ、遅くなると怯えてしまうけど。
皮肉にも父親の遺産が入り、金銭的には全く困っていない。相当な贅沢をしても充分に暮らしていけるだろう。


毎日海や自然を眺め、二人でのんびりと暮らす生活。昔「老後はどっかの島でのんびり暮らしたい」と云っていた承太郎さんの願いは、こんな形で叶ってしまった。
正しいのか間違いかと聞かれたら、限りなく間違いに近いと思う。早期に適切なカウンセリングを受ければ、以前のように有能な学者として生きていけるとSPW財団の人間にも散々云われた。

けれど、もういいじゃないか。

この人は今まで頑張りすぎたんだ。どうかもう、解放して欲しい。それは彼から色々な物を奪う選択かもしれない。けれど、その代わりに俺が、全てを捧げるから。前進も後退もない世界の中で、穏やかな愛を注ぐから。
今、俺は幸せだ。承太郎さんも、少しはそう思ってくれているかな。


「承太郎さん、少しは暖まりました?」
「…ん」
「じゃあ、ちっと食材直してきますね。飯、すぐに食べますか?」
「…どっちでも、いい」
「なら作りますね。はい、この本まだ読みかけでしょう?読んでて下さいね」

と、ソファーの上にあった分厚い本に手を伸ばしてしおりの挟んであるページを開き、承太郎さんに手渡す。承太郎さんは大人しく受け取り、活字を追いかけ始めた。俺は、頬にキスをして立ち上がり食材を置きっぱなしだった玄関へ足を運ぶ。


ひょいとダンボールを抱え上げた時に、飛び散った血液に気付いた。どうやら、帰り際に絡んできた馬鹿の血が付いてしまったらしい。チッと舌打ちし、クレイジーダイヤモンドで撫でれば綺麗になったけれど、其処だけ妙に新しい色になってしまった。駄目だ、この箱は捨てよう。
今日、俺の帰りが遅くなった原因。未だにDIOだかRIOだかに忠誠を誓ったバカどもが承太郎さんを狙っている。
ここはSPW財団が総力を上げて保護してくれているから見付かってねぇが、俺が街に出た時に、襲って来る奴らがいたりもする。
承太郎さんとサシでやる勇気はないから、どうやら俺を人質にでもするつもりらしい。
まー確かに、島暮らしのお陰で大分気が長くなったからそれが表情に出て、甘っちょろく見えるのかもしんねぇけど。承太郎さんとこの髪型を守るためなら、手加減はしない。
見せしめ?とか云うのは決して好きじゃねぇが、あまり付け狙われても困るんで、それなりの殺し方はするようにしてる。
俺のスタンドは優しいけど、優しいだけじゃない。



「え〜っと…取りあえず冷蔵庫に…」

キッチンまでダンボールを運んでガサゴソしていると不意に後ろに大きな気配を感じ、同時に身体にずしりとした重量。暖かい体温は、とても好ましくてつい頬が緩んで。

「どうしたんすか承太郎さん?」
振り向こうとしたけれど、屈強な腕は振り解けそうになく早々に諦め、手にしていた肉を冷凍庫に終いながら問いかけた。
寒いのでひとまず扉は締めておく。

「………」
「お腹空いちゃったんですか?」
返事は無い。
少し不安になって、ゆっくりと腕を振り解き身体を反転させると、俯いた姿があった。その表情は伺えないけれど、想像はつく。


「怖かった?」
子供に語りかけるように柔らかく問い掛ければ、微かに首が縦に動き、昔より大分長くなった真っ黒な髪の毛がサラサラと揺れた。
「すまない…邪魔、して…」
消え入りそうな声が必死に言葉を紡ぐ。何よりも愛しく、守るべき人の声。
「謝るのは、悪いことした時だけですよ承太郎さん。ちゃんと寂しいって云えて偉いっすよ」褒めながら頭を撫でてやると、おずおずと背中に腕を回された。俺も応えるべく、ぎゅっと抱き締める。



強く気高い彼が好きだった。何時だって美しく、誇りを持つ彼が。けれど、その完璧さ故に埋まらない溝が有った。
しかし今は、彼を愛し彼のためにだけ生きる。互いのためだけの命。生きているから愛するのではなく、愛するために生きているのだ。随分と歪んだ感情かも知れない。いや、かもではなくきっとこれ以上に無いほど歪んでいる。それでも、それでも。


「あんたは俺のもので有ればいい。大丈夫、何があっても俺だけは側にいる。守っていくから」


何度目かも判らない台詞を、まじないのように。決して何者にも侵されない、2人だけの空間で。俺は凄く幸せなんだよと耳元で囁いた。



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