「明けない夜は無い。必ず朝は来る」


どこで聞いた言葉だか覚えては居ない。テレビだったかマンガだったか或いは誰かから訊いたのか。どんな悪い状況も、永遠には続かないという意味で使われていたと思う。
けれど、彼と出会って以来、必ず来る朝が怖くなった。




夜明け前。
完全なる闇で覆われた空が白んで、ゆるゆると朝日が登り始めるまでの僅かな時間。
格式有るホテルのスウィートルームのカーテンは完璧な遮光性を発揮していたけれど、昨夜わざと開けた隙間から見えた外は微かに明るくなっていて。


隣で承太郎さんは規則的な寝息を立てていた。耳を澄まさないと聞こえないほどの、小さな呼吸音。彼は何時も死んでるんじゃないかと思う位に静かに眠る。
今はもう慣れたけれど、夜中ふと目を覚ました時に呼吸をしているか確かめたのも一度や二度じゃない。




気配に過敏な彼を起こさぬよう、細心の注意をはらって布団を掛け直した。
背中を向けているため、ちらりとだけ見えた顔は作り物みたいに綺麗で。
少しだけ怖くなって背に肌を寄せるときちんと体温があり、そんな当たり前の事にほっと安堵した。すっかり冴えてしまった瞳を閉じる気にもならず瞬きを繰り返し、再度隣に潜り込む。




―――承太郎さんが俺の街に来て、二つ目の季節が今、盛りを迎えていた。
日常と非日常がごちゃ混ぜになり、混沌としながらも着実に時間は積み重なって、過去を形成していく。
倒すべき敵は、音もなくじりじりと近付いている。それは判らないけれど、感じるのだ。スタンド使いの宿命とやら。意識すれば逃げてしまうが、何気ない瞬間に終焉の欠片を引き連れて、ありありと俺の体中を満たしていく。


終末はすぐ近くに。


彼はもうすぐ居なくなるんだろう。遣るべき事をやり遂げたら、俺を残しこの街を出て、有るべき場所へと帰っていく。元の居場所へ。本来の世界へと。
俺らも全てを思い出の中に閉じ込め、また日常を過ごし始める。何事も無かったかのように。


『時が来たら、ちゃんと俺のことは忘れろよ』


春の半ば、桜の下でそう云った承太郎さんはそれはそれは優しい目をしていた。『分かってますって。切り替え早いっすから!』俺は負担になりたくなかったし、優しい眼差しの彼に幻滅されたくもなくてそんな風に答えた。
実際、大丈夫だと思ったんだ。直後は流石に落ち込むだろうけれど、少し泣いて日々に戻り、また何時か俺がもっと大人になったら会おう、と。


『なら、良い』
短く答えた彼はすぐに俺に背を向けたから、あの時の表情は知らない。
ただ、もしかしたらほんの少し傷付いて居たかもしれない。2人の関係に関わることに対して彼が自ら視線を逸らしたのは、あの時だけだったから。
…そんな事は無理だ、忘れられないと、まだ子供であることを全面に主張しながら引き止めれば良かったのか。
それも、きっと違う。



「明けない夜は無い。必ず朝は来る」
不安感は日を増すごとに増えている。残酷な朝が今にも承太郎さんを奪ってしまうのではないかと。
そう、今この瞬間にも朝が近付いていた。
闇に覆われた夜を捨てて、太陽の光を再生していく。カーテンの隙間から入り込む光は徐々に強くなって、その内承太郎さんも目を覚ますだろう。


(…来るなよ)


怖かった。この時間が何よりも怖かった。いや、この人に出会って怖くなった。
永遠に夜ならば良い。
二人でベッドに入ったまま求め合って、さして意味の無い会話を繰り返して、ずっと抱き合って居られたら。夜が終わらなければ彼は居なくならないのに。


未だ、隣で死んだように眠る承太郎さんを抱き締めた。
しなやかな身体は僅かに跳ねたけれど、目を覚ますことは無い。俺の気配に慣れきってしまったのかもしれない。
ふと僅かに首を動かし、窓に視線を向けると先程よりも太陽の浸食が強くなっていた。


「…まだ…」


ぽつりと言葉を宙に溶かし、より肌を強く密着させる。
まだ、早い。どうか、まだ連れて行かないで欲しい。
きっと、彼が居なくなるその日までこの恐怖は消えない。



朝を恐れてしまうなんて、丸で承太郎さんから訊いたどこぞの吸血鬼みたいだと思うと少しだけ泣きたくなった。

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