俺のスタンドは様々な傷を修復する。ガキの頃から幾度と無く使ってきた俺の力。擦過傷から肌を裂いた傷、打撲、骨折に至るまでたちどころに治す自信はある。但し、自分にはきかない。それが可能なら無敵になれるんだけど、中々そうもいかねぇもんだ。
「お前が傷付いたら誰がお前や俺を治療するんだ。俺から離れるな。後ろにいろ仗助」なぁんて。何だ俺は非力なお姫様か。俺から離れるな、だなんてセリフはもっと違うシーンで云って欲しい。例えば夜景の見える港とか、セックスの後の余韻の中でとか。


例えばさ、この力が無かったら俺は守られる事もなく戦えてたのかと思う訳よ。最初から治す能力が無ければ土俵は同じだろ。こう云っちゃアレだが、そんなに俺は弱くない。寧ろスピードだのパワーだのはあの最強の人型スタンドにも引けを取らない、と思う。まぁイコールでは無いにしろ、手が届かない訳でもない。
なのにね、下がれって云われるなんて有り得ない。実に不本意だ。俺は強いんだから。俺が欠けたら怪我が治せなくて、助かる命も助からなくなるかもしれない。そんなこたぁ重々承知してるさ。けれど、俺だって大事な物ぐれぇ守りてぇよ。スーパーマンにはなれねぇけど、せめて一人の男として。


バシンッ。


「自分が何をしたか分かっているのか仗助っ…」
「……」
「答えろ!」


普段は殆ど無表情な瞳が、珍しく強い怒りを帯びていた。同時に刺すような厳しさを湛えたエメラルドグリーン。宝石なんざよりよっぽど綺麗だ。取り出して売ったら果たしてどれ位の値段になるだろう?痛くないように麻酔して、そのあとは勿論スタンドで完璧に治してさ。
…まぁ、一生遊んで暮らせる程度の金にはなるだろーな。そしたらこの人と二人で島を買って、毎日海を見ながら暮らしたい。


そんな全く持って関係ないことを、じっと彼を見据えたまま考えていた。



「……聞いているのか仗助」

返事の無い俺に痺れを切らしたのか、地を這うような低い声で承太郎さんが問い掛けた。バカだな、聞いていますとも。あんたの言葉を俺が聞き逃すとでも?そんな事は有り得ないのに。

「聞いてます」
そう、承太郎さんの言葉は何時だって優先的に耳に届く。喧噪の中だろうが騒音にまみれてようが、スッと染み込んでくるんだ。
「なら何故、さっきの様な行動を取ったか答えて見ろ。俺は後ろにいろと云った筈だ」

それだって勿論覚えてる。記憶力は決して良くないが、あんたに関することを俺は忘れたりしない。何て優秀。是非とも勉強に役立ってくれ。


「ちゃんと後ろにいましたよ」
唇を尖らせる俺に、承太郎さんは険しい顔で溜め息をついた。そのまま眉間を人差し指でこんこんと叩きながら、どっかりとソファーに腰掛ける。隣に座りたいが、余りにオーラが険しい。…止めておこう。


「確かに後ろにいたな。だが、背後からの攻撃に盾になれと指示した覚えはない。…何故、自分の身を守ろうとしなかった」
「スタンドが間に合わなかったんですって」
「だが避けるくらい出来たろう」
「いやぁ、早かったっすからね〜。無理でした」
「嘘をつくな!お前の動きは明らかに俺を庇っていた」


ちっとも揺るがない強い視線は丸で獲物を狙うジャングルの猛獣だ。臆病な奴なら心臓麻痺でも起こしかねない。


「あと1秒…いや、0.5秒でも時を止めるのが遅かったらお前はズタズタだったかもしれねぇ」

承太郎さんの云うことは尤もだ。自分の傷はどうしようもない。今頃、病院のICU…最悪冷たい霊安室に寝転がる羽目になっていたかもしれない。
だから、正しいんだ。この人の云うことは。全く持って正しい。そう、何時だって完璧なほどに。


「……それでも俺はあんたを守りたかったんだよ」
「……何だと?」
「俺は承太郎さんの全部が好きだよ。あんたの強さも完璧さも、勿論弱いところも。俺にしか傷は治せないんだから、俺の行動が間違ってた事だって知ってる」
「なら何故」
「愛してます、承太郎さん」


承太郎さんの尖っていた瞳がまん丸になって、ぽかんと口が半開きになった。間抜けな表情だが、この人がやると可愛い。写真撮ったら怒られるかな。怒られるだろうな。買ったばかりのデジカメは流石に壊されたくない。…あ、壊されても直せるか。
承太郎さんは一瞬物凄い怒りのオーラを出しかけたが、直ぐに呆れ返った表情になり煙草を咥えた。


「…お前は…もういい、馬鹿馬鹿しすぎて話にならん」
「ちょっ、俺は真剣っすよ!」
「なお悪い」
面倒くさそうに承太郎さんが煙草に火を灯し、キィンと綺麗な音が響く。


「仗助君の愛の告白をそんな…」
「死んでたら告白所じゃねぇぜ」
「生きてますよ」
「そうだな。足も有るし下らねぇ事もベラベラ喋りやがるし脳天気なツラしやがって」
「…承太郎さん、滅茶苦茶怒ってます?」
「気付くのが遅すぎる」
「怒ってるなぁとは思ってましたけど。殴られたほっぺた痛いっす」
「頬骨が砕けなくて何よりだ」
「あんたが云うと洒落になりませんて」
「俺は何時でも本気だぜ」


知ってるさ、そんな事。冷静なこの人が激昂して俺の頬を殴るなんて、本気以外の何物でも無いこと位。時を止めた後、酷く青ざめていた事もちゃんと見てた。



なぁ、どうしたら良いのかな俺は。あんなに大事だったスタンド能力が少しだけ悲しい。あんたと同じ世界では戦えないから。怪我も眼球もカメラも全部直せるのに、その代償は守れないことだなんて。深々と突き刺さるナイフを黙って見てろっていうのか。治せるから。治せてしまうから。


(貴方を、守りたいだけなんだ)

月並みな台詞だ。今時二時間ドラマでも中々無い陳腐さ。口にすればきっと笑ってしまうほどに。だから云わない。


「今日は帰れ。家で頭を冷やしてからまた来い」
「……うっす」


このまま此処に居たら、どうしようもないジレンマを爆発させてしまいそうだった。子供の癇癪と同じそれ。承太郎さんはさっきみたいに怒らない。無表情のまま俺を見て、ほんの一瞬だけ困った顔をして、抱き締めてくれるだろう。それも悪くないけど、今はそうしたくない。
次を示唆するのは彼なりの優しさだ。だったら、俺は甘んじるさ。



「…殴ったのは悪かった」


部屋を出る寸前、承太郎さんの声が背中に聞こえた。俺は聞こえないふりをして、扉を閉める。

何と云われようが、俺は。




貴方を守ります





戻る
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -