「承太郎さん、お風呂頂きました〜」
「ああ。冷蔵庫の中に飲み物冷えてるから好きに飲め」
「わーい、あざっす!」


明日は祝日で、俺は承太郎さんの部屋に泊まりに来ていた。だが、どうやら論文の締め切りが近いらしく、さっきから机に向かいっぱなしで難しい顔をしている。
邪魔するのも気が引けて、お暇しようとしたのだが、静かにしてるなら居ても良いと云われ、俺はテレビを観たり友人から借りてきた漫画を読んで時間を潰していた。
少し寂しいけれど、同じ空間に居るだけで満たされる俺の脳内は、何時だって承太郎さんが愛しくて仕方ない。



夕食はルームサービスで済ませ、今し方風呂に入り進められるまま有り難く冷蔵庫から冷たいお茶を出した。冷えた液体が火照った身体に心地良い。

半分ほど飲み干し、肩に掛けたタオルでわしゃわしゃと髪の毛を拭く。この部屋に初めて泊まった時は死ぬ気でヘアスタイルを死守したものだが、最近はすっかり諦めた。
現在机に向かっている部屋の主が「その髪型のお前も好きだぜ」なんて云うからだ。




暑さが和らぎ、飯を食って以降、ずっと同じ体制の承太郎さんにも暖かいコーヒーのおかわりを、と側に寄った所でふと彼の目元に普段は無い物を見つけた。



「あれ、承太郎さんメガネ掛けてる」



黒縁の、横に長くスタイリッシュなフレームは、ポピュラーな視力矯正の道具。



「ん?ああ、お前の前で掛けるのは初めてだったか」



つい漏らした言葉は仕事を邪魔する要因になるかと一瞬焦ったが、承太郎さんが気を悪くした様子も無く走らせていたペンを止め顔を上げてくれた。
少しだけ疲れたようにも見えるその表情は、メガネのお陰か何時もよりも知的に見え、ただでさえ精悍な顔立ちがより際立っていて俺の心臓がどくりと脈打つ。



「はい、初めてっす。やっぱ…格好良いっすね承太郎さん」



直接的な俺の表現に、彼は綺麗な眉を僅かに寄せた。気の利いた比喩の一つでも云えればいいのだけれど、生憎俺の国語力はそんなに高くない。
承太郎さんはメガネのブリッジを押し上げて、俺の方に椅子毎身体を向け、優雅に長い足を組んだ。体重を受けた背もたれがギィッと鳴る。



「こんなもん、掛けたくねぇけどな。酷使してると小さな文字が見え辛くて仕方無ぇんだ」
「そうなんっすか〜」



言葉通り、承太郎さんの机の上には小難しい文献やら本やらが散乱している。
活字なんざ教科書以外で読むこともなく、漫画やゲーム以外で目を使うことの無い俺には未知の世界だ。
一度暇つぶしに読んでは見たが、ものの2秒で諦めた。国語力と同時に、俺の英語力は実に拙いのだ。



「大変っすね。あ、コーヒーでも煎れましょうか?」
「…そうだな、頼もうか」
「了解っす!」



本来の目的を思い出し、空になった薄い青色のマグカップを取り、疲れ気味の彼のためにコーヒーを注ぐべくポットへと近寄る。ドリップ式のインスタントをセットし、ゆっくりとお湯を抽出すると、辺りに芳ばしい香りが漂った。



そういえば以前、コーヒーサーバー買わないんですか?と聞いたら「飲みたいときに手っ取り早く飲みたいんだ」と云っていたのを思い出す。
本物のミルで挽くわけじゃないし、どうせ味なんか大して変わりはしないと。そういう所は結構大雑把らしい。
几帳面な所は几帳面だが、拘らない所には無頓着だと最近知ったばかりだ。


ミルクも砂糖も入れぬ侭、マグカップを差し出すと礼を云われ静かに口を付けた。メガネが曇るかと思いきや、何の変哲もない。



「メガネ、曇らないっすね」
「曇り止め加工してあるからな。衝撃なんかにも強いぜ」
「へぇ。そんなん出来るんっすねぇ」
「財団に紹介された眼鏡屋に行ったら、あれやこれやと世話を焼いてくれてな。お陰で便利だ」
「その割りには滅多に拝めないっすけどね、メガネ姿」



レアだ、と笑う俺に承太郎さんも楽しげに口元で笑みを作る。



「目が疲れる程仕事する時に、誰かを側に置いたりはしねぇからな。気が散る」
「ほう、成るほ…え?」
「ん?……あ」



一瞬、承太郎さんはしまった。とばかりに顔をしかめたが、もう遅い。一度出た言葉は戻らない。


「それってー、言い返せば俺は居ても気が散らないって事ですよねー?」


優秀なスタンドには時を止める能力はあっても、巻き戻す力はないのだし。うん、無くて良かった。
自然と緩みそうになる頬を正しわざとらしく語尾を伸ばしてみると、ギロッと鋭く睨まれた。



図星らしい。



僅かに赤くなった頬は、帽子を脱いでいる為上手く隠すことが出来ず可愛らしいばかりだ。

「………失言だ。忘れろ」
「いやっす!承太郎さん名言集に残すっす!」
「何だそれは?」
「ジョースケ君による承太郎さんの名言集コレクションと云うのがありましてですね」
「説明は良い。たくっ…」



チッと舌打ちすると、コーヒーを煽ってタバコに手を伸ばす。
シルバーと黒のデュポンを取り出し、キィンと独特の音を立てて、火をつけた。一連の仕草が丸で映画俳優のようだ。
心なしか、まだほんのり肌が赤い気がするが。



この人は普段、自分の感情を面に出さない。必要が無いからだ、と何時だったか聞いたことがある。
付き合いたての頃、今よりもガキだった俺は沢山の言葉を欲しがった。好きだとか愛してる立とかずっと一緒にいたいとか、そんな月並みな台詞を。恋愛自体に憧れていた所為もあるんだと思う。



承太郎さんはその度に、呆れたような笑っているような顔で俺を抱き締めて、そんなもん今更だろ。と囁きながらキスをくれた。
最初は少し…いや、結構な不満を抱いたりしていたが、言葉の代わりに態度で示してくれるんだ、彼は。
例えばぎゅっと抱き締めて、自分よりも大きな身体を腕の中に閉じ込め、視線を合わせた時に。
エメラルドグリーンの双眸が俺だけを見て、優しく微笑んだ刹那、云いようのない幸福へと包まれる。
だから、愛されている実感は蜂蜜の如く俺を甘く満たしてくれるのだけれど、先程の様な無意識な言の葉は矢張り嬉しいワケで。
頭はとても良いくせに、こんな時の反応はウブな少女の様だ。



「最近は一緒にいる時間多いですからね。あーなんか、俺しか知らない承太郎さんって感じで嬉しいかも」
「ふん…下らん」



まだにやにやの収まらない俺を一瞥すると、タンッと煙草の先端を灰皿に押し付けた。
幾つかの煙が最後の力を振り絞るように燃え尽きて、すっと消えていく。



「だって承太郎さん×メガネですよ?黒縁のクールなメガネが承太郎さんの美しさをより…んぐっ!」
「…お前少し黙れ」




先程まで椅子に凭れていた筈の承太郎さんがおもむろに目の前に迫っており、柔らかな唇に言葉を塞がれた。



微かにタバコの香りがする、苦いキス。



そのまま舌が割り入れられ、滑らかに歯列をなぞって行く。



「…んっ…」
殆ど反射的に背中を掻き抱くと、舌を引きずり出されちゅっちゅっと水音をさせながら幾度も愛撫を施された。今までの子供じみた憤りも全て消えて、脳内が承太郎さんのみに埋め尽くされていく。



「っ…はっ…スター…プラチナ…っすか…」


淫らな銀の糸を伝わせ、僅かに顔を離し息をついた俺に承太郎さんが口角を釣り上げ、汚れた口元を綺麗に舐め取る。
その仕草が余りに扇情的で、思わず唾を飲み込んだ。どうしてこの人は一つ一つがエロいんだ。



「メガネなんざただのオプションだ。お前が欲しいのはこっちだろ?」



レンズ越しに見詰められ、悪戯っぽい色を含んで囁かれれば、頷くしか無い訳で。



「仕事は…いいんっすか…?」
「お前が大人しくしていたお陰で粗方終わった。…良い子にはご褒美だ」



再度顔が近付いてきて、キスされる直前、ふと承太郎さんが動きを止めた。そのまま、細くしなやかな指がメガネに掛かる。キスには邪魔だからかな。邪魔なら外した方が…いや…ちょっと待って。



「ちょっ、ちょっとストップ!承太郎さん!そのまま!」
「…あ?」



いきなり声を上げた俺に、何なんだと訝しげな瞳が向けられた。が、構わず、ぎゅっと手首を握り動きを制止させる。
痛くは無い、しかし簡単にはふりほどけない程度に。



「おい、仗助?」
「今日はこのまましましょ。もっとメガネ姿の承太郎さん見てたいし。何なら、そのメガネを白く汚しちゃおっかなって」
「……お前最近おやじっぽいぞ」
「やだなぁ、男のロマンっすよ」
「…その顔、ジジイそっくりだ」
「え、何ですって?」
「何でもねーよ」



失礼な台詞が聞こえた気がしたが、2度目のキスでそんなことはどうでも良くなった。
脳内にはメガネのまま喘いでる承太郎さんしか無くなって、想像だけで結構ヤバい。



我ながら、中々の名案だ。



そうだ、今度はスーツでも着て貰おうと密かな決意をし、俺しか知らない彼を堪能するためにベッドへと雪崩れ込んだ。













「すっかり汚れちまいましたね、メガネ」
「…お前の所為だろ」
「スーツ着て教師と生徒なんかどうっすか?」
「…まずはお前の頭がどうなんだ…」


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