アメリカに残してきた妻の事も娘の事も愛している。それなのに、遠い日本で一人の少年を好きになってしまった。本来であれば、決して許されない恋だ。自制すべきであったのに、余りにも真っ直ぐな瞳は俺には眩しすぎて強く惹かれてしまったのだ。


「じょーたろーさん。珈琲煎れたんっすけど…あれ、それは…新しい写真送って来たんですか?」
「…ああ」
「へぇ。徐倫ちゃん、随分大きくなりましたね。益々パパにそっくりだ。目の辺りとか特に」
「そうか?」
「そうっすよ。将来すっごい綺麗になりますよ〜」


笑いながら、どうぞ。と湯気の立つコーヒーが差し出された。2人で買った、色違いのマグカップ。少し冷ましてから口を付ける。砂糖もミルクもない、何時もの味。


「濃くなかったですか?」
「いや、ちょうど良い」
「良かった」


何度と無く繰り返されてきた会話。完全なる平穏。気が付けば、最近余り家族のことを思い出さなくなっていた。忙しさを口実に、電話すらしていない。最後に声を聞いたのはいつだったか。こんな風に煎れたての珈琲を熱い内に飲む余裕は有るというのに。



「承太郎さん、ちゃんと徐倫ちゃんや奥さんに連絡してあげなきゃダメですよ。最近、話してないでしょう」



丸で俺の脳内を読み取ったかのように仗助に云われ、ぎくりとする。しかし、顔に出すほど子供じゃない。平然を装いそんな事はないと否定すると


「嘘だ」



と、間髪入れずに云われた。何なんだ。エスパーか。それともお前のスタンドは読心術でも覚えたのか。憮然とした俺を見ながら背後にあるベッドに腰掛け、仗助は静かに口元を釣り上げ珈琲を飲む。恐らくミルクが散々入って元来の色すら変わっているんだろう。


「何故嘘だと思うんだ」
「判りますよ、あんたのことなら。最近、夫や父親の表情をしてないですもん」
「表情…?」
「家族と話した後は、あんたの空気が何時もより柔らかいんだ。でも、最近はそれがない」
「む…」


勿論、自覚はない。ころころ表情を変えるなんてことはしない。さらけ出すのは面倒だとすら思う。そんな風に過ごしてくれば、それが当然となり多くの人に「貴方は表情の変化に乏しい」と云われた。時には妻にさえ。だからと云って別に改めるつもりもない。また、必要も感じない。


「お前は俺を良く見ているな」


マグカップを持ったまま、椅子を立ち上がり仗助の隣に腰掛ける。体重が一点に集中した所為かベッドが鈍い音を立てた。
こいつは呑気そうに見えて凄く鋭い。承太郎さん承太郎さんと犬の様に懐いてきたかと思うと、先程の様に俺以上に俺を知っていたりもする。


「そりゃ、俺は承太郎さん大好きですから」



マグカップがテーブルに置かれ、ふっと抱きつかれた。映画の中の恋人同士の情熱的な包容ではなく、春の柔らかな空気に包まれるがの如く。そして、俺の唇にキスを一つ落として仗助がベッドを立つ。


「仗助?」
「今日は帰りますね。俺を構うより、電話か手紙の一つでも書いて下さい」
「けど今日は…」
「きっと2人とも待ってますよ。また、来ます」


普段は帰りたくないと散々駄々をこね、あと10分だとかこのドラマが終わるまでだとか最後のキスをと強請って来るのに、鞄を持つと止める間も無く、するりと重厚な扉の外へ消えた。仗助はいつもこうして俺なんかよりも余程俺の家族を気遣ってくれる。不甲斐ない俺を、攻めても良い立場であるのに。



随分前に買った便箋を前に万年筆を握ってみたけれど、書くことなど思い浮かばなくて。変わりに出て来るのは自分よりも若い叔父の笑顔ばかり。こんなの、余りに情けなさすぎる。



「やれやれだ…」



半分程残された、たっぷりとミルクの入った珈琲はすっかり冷めて甘ったるくて、思わず一つ舌打ちをした。


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