承太郎さんは若い頃、母親を救うために50日間の長い旅に出たそうだ。その旅の終焉で、大事な友人達を失ったとも。詠うように話し終えると、哀しいとも寂しいとも彼は云わずにただゆっくりと紫煙を吐き出し、何時もの無表情の侭煙草を押し消した。


俺はこれまでに彼が泣いた所を見たことがない。何時だって完璧に「空条承太郎」という人格を演じていたように思う。最強のスタンドと最高の頭脳を持ち、誰もが憧れる存在であり守るべき物を守れる実力を持つ人。間違い無く彼は強い。今までに見てきた誰よりも。




ムカデ屋事件のすぐ後。
怪我は俺のスタンドで治したけれど、大量に失った血液の所為でかなり体力を消耗したらしい承太郎さんをホテルの部屋まで連れて返った。青白い顔で大丈夫だと云う彼の言葉を真に受ける程、子供でもない。
部屋に辿り着いて、ベッドに座らせた後思い切り抱き締めた。


「おい…仗助、苦しいんだが」
「……」
「仗助」
「……」
「じょうすけ」
「…生きてて…良かった…」


駆けつけた俺の目に入ったのは赤いコート。それが、元々は何者にも染まらない彼を象徴する色をした物だと気付くまで少しかかった。残酷な赤色に染まった上着。俺が来るのがもっと遅れていたら。傷がもう少し大きければ。或いは彼がもっと脆弱だったなら。最悪な結末とは紙一重だったんだ。



「泣く奴があるか」
「…だって…」
「そう簡単には死なねぇよ」



そんなの嘘。この人は余りにも自分を省みない。人を守る為に自分の身体を躊躇いもなく差し出す。
なぁ、幾ら頑丈なあんたでも無敵じゃないんだ。傷付けば痛いし血も流れるし、幾らクレイジーダイヤモンドでも失った命までは戻せないと俺に教えたのは、他ならぬあんただろう。


そんな沢山の想いが胸を渦巻いたけれど、伝えた所でこの人はきっと聞いてくれない。誰かが死んで、周りの人間が悲しむのを何よりも嫌うんだから。



「もし、承太郎さんが…いなくなったら…」


震える俺を、承太郎さんは静かに見返した。碧玉の双眼に一瞬浮かんだ寂しげな色はすぐに柔らかな物へと塗り変わる。ああ、俺はまたこんな時にまでこの人を甘やかしてやれない。案の定、俺の背中に腕を回し、宥めるようにぽんぽんと撫でられて。



「そんな事はしねぇよ。お前がいるからな」



計算し尽くされた甘い響きを持った声。絶対的な安心を抱かせる彼の存在感は、皮肉にも彼を神様にしてしまった。人は神様になんてなれないのに。この人は、ただの人間だ。なのに。



「…ごめ、なさいっ…」



どうして俺がこんなに悲しいんだよ。体温は確かに此処にあるのに。いけない。泣いてはいけない。承太郎さんは一度も泣いていないのに。
泣きじゃくる俺を掻き抱く腕はひたすらに、


「お前は優しいからな」




じゃあ、それよりも優しいあんたはどこで泣くんだ。



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もどかしい
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