スウィートルームの一室。馬鹿みたいに広くて設備の整った部屋の中。明日は第二土曜日で学校も休みとなれば、そりゃもう泊まるしかない。おふくろには夕方、承太郎さんが電話してくれた。朝、学校に行く前に説明して出て来たから別に良いって云ったのに、そういう所はとても几帳面な人だ。
承太郎さんの仕事が一段落つくのを待って、ホテル内のレストランで食事を澄ませ、腹ごなしにプライベートビーチを散歩して。部屋に帰って扉を閉めるなり、獣みてぇにセックスした。一週間ぶりの逢瀬は止まるところなど知らなくて、随分無理をさせてしまった気がする。



 ぐたりとベッドに倒れ込んだ承太郎さんの身体に付いた汚れを拭き取り、冷たい水を飲ませて暫く様子を見て。漸く起きあがった彼は、少しふらつきながら掠れた声で「…風呂」とだけ言い残し、バスルームに消えた。勿論心配だしついていこうとしたんだが、碧玉の瞳に鋭く睨まれて止めた。と言うより動けなかった。情事の最中には熱を含んで潤んでいた名残など何処にもない。


 寝ころんだまま退屈凌ぎにテレビを付けると、少女が一人前の魔女になるため家を出て、黒猫と話したりほうきに乗ったりしながら冒険をするアニメを放送していた。ニシンとカボチャのパイがうんぬんかんぬん。さしたる興味も沸かなかったが、ぼんやり見ていると懐かしさもあってか意外と夢中になったらしい。


「上がったぜ」
気付けば承太郎さんが側に立っていた。いつの間にか上がってきたようだ。お帰りなさい。と少し端によると、隣に腰掛けた。特注らしいバスローブを身に纏い、髪の毛をガシガシと拭く。その表情を伺う限り、ご機嫌は直ったみたいだ。良かった。
 それにしても湯上がりの薔薇色の頬や、拭い切れなかった滴が滴る様は心臓に悪い。自分で云うのもあれだが、年頃の青少年ってやつには刺激が強すぎると思う。だが、そんな事を云ってまた不機嫌になられても困るから黙っておく。
 


「何見てんだ?」
「少女が立派な魔法使いになるのを見守ってます」
「…?…ああ。喋る猫の話か」
「…いや、それはちょっと違いますよ承太郎さんっ」
「可愛いだろ、あいつ」
「猫好きなんっすか?」
「嫌いじゃない」
「好きってことですね」
「…さぁな」
「飼ってみたいですよね〜。猫とか犬とか。うちはおふくろがアレルギーだから飼えなくて」
「何時か飼えばいいさ」
「承太郎さんは結構マメに世話しそうですよね」
「おまえは大して世話もしないのに懐かれそうだな」



 ちゃんと世話しますよ。と笑う俺に承太郎さんはどうだかな。と答えて、ビールを煽る。喉仏が上下するのは、やはり何とも云えず艶っぽい。
 ふと、広々した庭先で、承太郎さんが黒い猫を膝に抱いているところを想像する。穏やかな陽射しと、柔らかなそよ風。暖かな気候に半分眠ったような承太郎さん。誰も邪魔なんてしない。傷つけられることも、攻撃する必要も無い、そんな世界。 もし彼が普通の人間だったなら、そんな日々を過ごしていたかもしれない。絶対的な強さを持つ承太郎さんだけれど、血の匂いのする喧噪よりは海の凪の様な静寂の方が絶対に似合う。


「仗助?」



 急に黙り込んでしまった俺を不審に思ったのか、怪訝そうに名を呼ばれ顔を覗き込まれた。真っ青な空に良く似た、美しい双眼。矢張りこの瞳に映るのは、優しい世界であって欲しい。筋張った白い手が触れるのは誰かの血液や傷口なんかじゃなくて、少しちくちくとした可愛らしい黒猫の毛並みであって欲しい。



「承太郎さん。いつか全部終わったら、一緒に暮らしましょう。動物一杯飼って…そうだ、海の見える場所に家を借りて」
「…いきなり何だ」
「俺、料理覚えますから。良いところに就職して、あんたを養えるくらい仕事も頑張るし。勿論動物の世話もする」
「……」
「俺が、ちゃんと守るから」



 子供じみた願いだとは分かっている。同時に、残酷な願望かもしれない。自分の事を省みず、周りの人間を深く想う彼を苦しめてしまうかもしれない。俺よりも大事な人が彼には居る。だけれど、告げずには居られなかった。もし、危機が間近に迫ったときに、この一方的な約束をほんの少しでも想い出してくれたなら。承太郎さんは、果たそうとしてくれるかもしれない。


「…やっぱ、怒っちゃいました?」



 無言になった彼をそっと伺ってみると、いつの間にか煙草を咥えていた。ビールの空き缶は床に置かれている。その表情は相変わらず彫刻のようで、感情は伺い知れ無い。たっぷりと煙を吸い込んで、ゆっくりと吐き出す。普段と変わらないリズム。数度繰り返した後、ぎゅっと灰皿に刀身を押し付け


「…それも悪くない」
と、微かに笑った。それは俺を誘うときの妖艶で悪戯っぽい笑みではなく、夏に一緒に水族館に行ったときに見たせ笑顔に似ていた。子供の夢物語に付き合ってやるか、という妥協は見えない。きっと彼は本当にそう思ってくれているのだ。嘘をつくのは上手な癖にとても正直なんだ、この人は。



「いいんっすか?」
「歳取ってまで戦いたくなんざねぇからな。お前といると気を使わなくて済むし」
「まじで?うわっ、やばい嬉しい」
「その代わり、好き嫌いは緩さねぇぞ。野菜も食わせるからな」
「……っ…た、食べるっすよ!幾らでも!」
「よし、その言葉忘れんなよ。明日から毎日野菜を食え」
「そ、それはっ…」
「男に二言はない、だろ?」
「〜っ…!!」



 言い返せないでいる俺に承太郎さんは肩を震わせながら笑い、啄む様なキスをくれた。そんなもんじゃ足りなくて、今度は俺からも口付けを仕掛け組み敷く。承太郎さんの焦った声が聞こえたような気がするが、スルーした。明日は休みだ。1日かけて看病しますから。野菜もちゃんと食うようにするから、どうか。ちらりと見たテレビの中では、黒猫がゆらゆらと尻尾を揺らしていた。



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仗助は犬っぽい。
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