Non credere mai






言葉で言ってくれなければ、知りえぬことがある。
だって君はここにはいなくて、その真意を知ることはできないのだから。





「―――それは、本当なんだな」
コトアールエリアの宿舎、その中にはFFIで日本と戦ったチームの中心人物が集っていた。
それぞれ表情を沈め、じっとロココを見る。
「うん。ダイスケはそのことをナツミ…えと、ジャパンのマネージャーの子達から聞いたみたいなんだけど、とても嘘を付いてるようには見えなかったって」
淀みなく答えるロココの瞳は充血していて、まだ微かに鼻声でもある。
しかしこの状態でも最初よりは―――円堂が死んでしまったという連絡を受けた時よりはマシになったのだ。
もう深夜になりそうな時刻にかかってきた電話を鬱陶しく思ったのも事実だが、そんな怒りも何もかもを吹き飛ばすような内容を裏付けるのが、鼻声で聞き取れないロココの声。
グループBや準決勝で戦ったロニージョやフィディオにとっては関係無くはないが、エドガーやマーク・テレスにとってロココは全く知らない選手。
しかしそんな彼らでもこうしてここにいるというのは、そのロココの様子が平時では全く起こりえないものであったのと、内容によるものだった。



「…そんな重大なことをジャパンは隠していたのか」
「隠してたんじゃないよ、きっと。だってナツミ達は師匠がそのことを知らなくて驚いていたみたいだから」
大会が終わり、ガルシルドからの脅威が無くなった大介は、偽名であった『アラヤダイスケ』を本名である『円堂大介』に変えることを大会本部に申し込んでいた。
このとこから本部は円堂守と円堂大介が血縁関係にあることを把握しているはずなので、円堂守の生死に関わることがあるのなら大介に連絡をするべきなのだろう。


しかし、それは行われずに円堂は大介の知らぬ内にその生を終えてしまった。
その亡骸を残すことなく、しかしその存在した証を残して。




「――そもそも、俺はそのエンドウの死体がないことにひっかかりを覚えるぜ?」
手を頭の後ろに当て、伸びをしながらテレスは胡散臭そうに呟く。
「世界を救ったのが本当なら、逆にそれがないのが不審だな。その存在こそが真実を語るときもあるだろうに」
「だが、イナズマジャパンの気持ちも分かる。…それが自分の知り合いだったのなら尚更見たくはないはずだ」
エドガーは出されたコーヒーを少し眉を寄せつつも飲み、マークはそれを難無く飲み干す。
「しかしよく話してくれたな。ありがとう、ボーイ」
「…いつかは分かることだし、マモルは喜ばないかもしれないけどボク達は一緒の舞台で戦ったからね。キミ達にも、知る権利はあるから」
未だ暗い表情をするロココの頭をロニージョは撫で、居心地悪そうにも甘んじるロココ。
そんな面々をフィディオは見る。



フィディオは他の面々が自分の思うままに意見を述べたりしている中、沈黙を貫いていた。
只管に思いを、思考を巡らせつつも胸中は全く穏やかではない。
要するに自分たちは置いて行かれたのだ。
彼に、円堂に何も教えてもらえずに。


どうして円堂は、ジャパンのメンバーは自分に降りかかった困難を自分たちで解決しようとするのだろう。
このFFIにおいて、イナズマジャパンは色々な問題に関わってきた。
それはチームKであったり、ガルシルドのことだったり、それこそ関わっていないことの方が少ないだろう。

しかし彼らはそれを解決してきた。
相手がどんなに権力がある存在でも、地道に行動して時には運を味方につけて。
だからこそ、この事態がフィディオには許せない。
特に当事者である円堂には、もう怒りすら感じない。


「――フィディオ、顔が怖いぞ」
「マーク…マモルはさ、俺達の事を信頼していなかったのかな」
心配そうに顔を覗き込むマークに対して、思わず疑問をぶつけてしまう。
もう終わってしまったことなのに、それでもその先があるものだと思ってしまう。
「俺は、オルフェウスはマモル達に救われた。彼らに助けてもらわなかったらきっと俺は大会に出場できなかった」
だからフィディオは誓った。円堂が本当に困った時、彼を助けようと。
しかしこの時点でその誓いは破られてしまった。
守ろうとした円堂によって、その機会を永遠に失ってしまったのだ。


「君は些か頭が固いようですね」
カツン、と少し乱暴にエドガーはティーカップをソーサーに戻す。
「どうして何も言わない事が相手を信用しないに繋がるんですか。我々はいつも、言葉では表せない信頼をチームメイトに抱き、プレイする。それが個々の信頼となるはずです。…まあ、君の言い分も分かりますが」
目を少し伏せて窓から外を見るエドガーは、まるで誰かを見ているよう。
「きっと、エンドウは言えなかったんだろう。アイツは誰かを笑顔にさせはしても、誰かを悲しませようとはしないだろうからな。…付き合いが短い俺達がここまで想像できるんだ、一緒に戦ってきた奴らは思い知ってるだろうよ」
「問題はそこじゃないんだ!!どうしてマモルは頼ってくれなかったのか、それが分からないんだよ!!」
血を吐くように、フィディオは叫ぶ。
「言葉にしてくれなくても良かった、ただ自分が死ぬならもっと、もっと」
何も知らない自分にも分かるように振る舞ってほしかった。
今となってはもう遅いけれど、それでも様子が変だったら訊けただろう。
「いつものように振る舞ってほしくなかった。何もなかったみたいにしてほしくなかった。だってそれは関わってほしくないからなんだろう?」
フィディオの脳裏に、円堂の笑顔が浮かぶ。


―――何故なら、フィディオは円堂と…死の宣告を受けた後の円堂と会っていたのだ。
いつものように笑顔を浮かべ、いつものように語り合い、そしていつものようにそれぞれの帰路に着く。

そんないつも通りの行動が、もう絶対にできないなんてその時のフィディオには分からなかった。



「それが、マモルなんだよ」
そう、ロココは静かに言う。
「ダイスケが言ってたんだ。マモルは誰かを傷つけようとはしない。そのためだったら自分を傷つけるって。マモルがボク達に頼ろうとしなかったものきっとそのせいだよ。マモルにとっては、誰かに頼るなんて選択肢は最初からないんだ」
「そんなの、そんなのあんまりじゃないか!!じゃあなんのために俺達が、イナズマジャパンがいたんだ!?」
「フィディオ…」
叫ぶフィディオの目じりには、うっすらと涙が滲んでいる。
感情に任せているのだろう、拙く、けれども思うように吐き出す言葉は余韻を残して消えてゆく。
もう、その人に届くことはないだろうに。




「―――だが、今俺達がするべきことはここでこうして話し合うだけじゃないだろう」
マークの落ち着いた声が、部屋を満たす。
「ともかく俺達はエンドウの死について疑問を抱いている。たとえその死んだという事が本当だとしても、嘘が無いというわけはない」
身近な者の死が歩みを止めるだろう。しかしいつまでも止まっていられない。
その死に、疑問があるなら尚更だ。


「ジャパンの面々はきっともう諦めて受け入れているだろうが、私達は諦めが悪いからな」
「ふん…まあせっかくライオコットに残ったんだ。このままおめおめと帰れるかよ」
「フィディオ、お前は帰ってもいいんだぞ。無理に滞在することはない」
「…俺は残るよ、マモルが本当に死んだのか、それを確かめなきゃいけない」
「オレはボーイに助けてもらった恩をまだ返していないからな。キミたちに協力するさ」
「ダイスケのためにも、マモルのためにもホントのことを知りたいんだ。だからボクは諦めない」

そう合致する6人は互いにそれぞれを見やり、頷く。








「そもそもお前達には、選択肢すらも与えないけどなァ?」







残り人
(知ることが遅すぎた故の結末)




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