自らの尾を噛む者






いつだって自分は何かを無くしてばかりだ。
それも決まって大切なものばかり。





「…大介さん」
コトアールエリアの入り口に佇んでいたダイスケを呼んだのは、以前チームでマネージャーとして共に過ごしていた少女と、ジャパンチームで度々見かけた少女。
見目麗しい彼女たちがあまり他者が来ないこのエリアに来たことで、多くの人々が目を止め足を止める。
「ナツミではないか。それにキミは…」
「彼女は久遠冬花さん。久遠監督の娘さんです」
「そうか。守がいつも迷惑をかけているな」
「…。いいえ。その…」
「?なんじゃ」
途端に口を閉ざした少女を見てどこか既視感を感じる。
どこかで見たような―――そう、どこかで。
「…私の本当の名前は小野冬花と言います。貴方を日本から逃がした、小野隆弘の娘です」
「お、の」
その名前を聞いて、記憶が逆行する。
思い出すのはまだ自分が辛うじて『円堂大介』として生きていたころの、終わりかけ。
新たな名前と共に海外へと逃がしてくれた恩人の姿。
「…キミは、小野の娘さんだったのか。それがどうして久遠という名字に」
「――まあ、込み入ったお話はまた後にして。…大介さん、私たちは今日貴方に伝えなければいけないことがあってここに来ました。1つは冬花さんの事。そしてもう1つは」



円堂君が、死んだということです。




「まもる、が、しん、だ?」
この言葉を聞いた瞬間、大介の頭の中は真っ白になった。
死という自分には決して縁がないわけでもない事象が、よりにもよって孫に付随してしまうなんて信じたくはなかった。
「ナツミ、お前が冗談を言っているならワシはお前を許せないだろう。守が死んだなどと」
「私だってこんな事言いたくなかった!!!!円堂君が、死んだ…なんて…」
何も考えられない思考の中で、否定されることを望んでいた。
嘘だと言ってほしかった、新手の質の悪い冗談だと言ってほしかった。


けれども、少女たちの表情がそれを粉々に打ち砕いて大介に思い知らせる。



本当に、守は死んだのと。






「――どういう経緯で、守は死んでしまったんだ」
「、なにも知らないんですか?あんな…あんな事態になっていたのに」
「あんな事態?なんのことだ」
大介の言葉を聞いて、夏未と冬花は顔を見合わせる。
「なんのことって…そんな」
「まさか海外の選手には何にも伝わっていないのかしら…?なんでそんなこと」
そう疑問をそれぞれ口にするが、そもそも事情を知らない大介にとってはその疑問もなにも分からない。
「――とりあえず、家に案内しよう。詳しく聞かせてくれないか」











コトアールエリアが、夕日に照らされてオレンジ色を纏う。
よりにもよって大きな、真っ赤な夕日だ。きっと明日は晴れるだろう。
大介の心中は晴れていなくとも。

「――守」
大介はエリアの奥、自室で写真を手に取って佇む。
そこに写るのは仲間に囲まれて写る守だ。
この写真はFFでの一枚で、大介を逃がした協力者によって送られた内の一枚だった。
他には成長した温子が写っていたり、守の父親であるヒロシのものがあったりする。
そんな写真に笑顔で写っている守が命を奪われるなどと誰が予測できただろうか。
「お前は、世界を知れて嬉しかったか?知りえぬレベルの選手を相手にできて嬉しかったか?」
あの時、自分の正体を明かした時に守は「ずっと会いたかった」と言ってくれた。
今まで祖父らしくできずに、隠れていた自分に会いたいと言ってくれた。

「…どうしてお前なんだろうな。同じ円堂で良いのなら、ワシが死ぬべきなんだろうが」
小野も、影山も、守も死んでしまった。
自分よりも若くまだ先もあるだろう人が自分を残して消えてしまう。
それがとても辛く、苦しい。
「これが神の謀ならば、ワシは延々とその所業を許せないだろう。…けれど、ワシは同時にアイツ等の後を追うことは許されないのか」
これからも、自分は生きる。生かされる。
次代を育てるために、それを糧に生き甲斐に生きていく。
逃られられぬ結末は自分が望まずとも訪れるものだ。

大介にとっての結末は、自分より若い者を、大切な者を失うことなのだろうか。



「―――師匠」



そして失うということは、その結末を残された者に伝えねばならない。
常に身に着けている帽子をテーブルに置き、大介は弟子を見た。







失い人
(無くした欠片は埋めきれやしない)










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