Giustizia o il male.






「お前はいつまでそうしてんだよ」
その背に声をかけた。






(どいつもこいつも時化てやんな)
あの衝撃の日から数日たち、最初渦巻いていた嫌な空気は少しずつ鳴りを潜めていた。
しかし、それでも戸惑いや不安は根強く残っており、誰も彼もが沈んだ顔をしている。
そんな面々を見て、不動は紙パックのドリンクを一気に飲み干した。
(どうしてお前らがそんなに沈んだ顔してんだよ。本当に沈みたいのはアイツの方だろ)
そうごちて、視線を上の階へ向ける。


あれから、円堂は今までと変わらない日を送っている。
朝起きたら挨拶をしてくるし、いつも通りサッカーの特訓もしている。
見ているこっちが苦しくなるくらいに、日常を送っている。
「…畜生」
ゴミを捨て、不動は食堂を出る。
目的地は2階、円堂の部屋。





そして、冒頭に至る。


「―――相変わらず、元気そうだな」
「不動…」
ノックもせずに部屋に入ると、円堂がベッドに横たわっていた。
右腕を目のあたりに被せ、まるで目を逸らすように。
「アイツらの様子を見たか?どいつもこいつも沈んでやがる」
「、そうみたいだな」
被せていた腕を下し、円堂は不動を見る。
…静かな目、しかしどこか恐ろしい雰囲気を纏わせている気がした。
「お前は、落ち着いていられるんだな」
「…落ち着いているように見られてるなら、いいんだけどなぁ」
そう言って起き上がり、不動を見る。
いつもと変わらない真っ直ぐな目に、思わず目を逸らした。


「―――みんな、いいやつなんだよ。俺の事心配してくれて、気にかけてくれてる」
「アイツらはお前に付き纏うからな。過保護だってんだ」
そうかも、円堂は笑う。
悲しい笑みだと不動は、ふと感じた。



(コイツは諦めている。自分が生きることを、助かろうとすることを)
だからその諦めを全員が感じて、そして受け入れてしまっている。
その気持ちは不動にだって少しは分かる。
1人さえ死ねば、多くが助かる―――親や兄弟、掛け替えのないものがあるのなら、円堂を助けたくても助けれないのだろう。



けれども、不動は違う。
親なんてもういないも当然だし、なにより掛け替えのないものなどない。


目の前にいる、この存在以外に。




「―――円堂ちゃん、お前は」
助かりたいって考えないのか?
「……」
「だんまりを決め込むなら、俺は勝手にそう想定するぜ。お前は助かりたい、でもそうすることができないってな」
不動は笑み混じりにそう言うと円堂に近づきその顎をくい、と上げる。
「…だから、俺が助けてやるよ。お前を連れて、こんな場所から出てやる」
「何言ってるんだよ、不動。だって俺は死ななきゃいけないんだぞ。みんなのために」
「そうやって自分を誤魔化してるんだろ?いい加減素直になれよ、お前は死にたくないってな」
そう言って不動は円堂を覗き込み、至近距離で円堂の目を見つめる。
円堂も視線を逸らさずに不動を真正面から見る。
「―――でも、きっと不動は後悔する。俺を助けて、その後に後悔してしまう」
「はあ?…俺を舐めるなよ?俺はアイツらと違って失いたくないものなんてないんだ。


 円堂と、俺以外にな」

「―――!!!!」
不動は手を引き、そしてその手を差し出す。
それは囚われた姫を救い出す王子のようで、姫を浚おうとする悪役でもあり。
「だから、お前が選べ。お前が思う通りの行動をしろ。この手を取るかどうかは」


――お前自身が、選ぶことだ――




差し出された手を、円堂はただじっと見る。
しかしその瞳は揺れて惑い、明らかに動揺しているのが分かる。
手を取るか否か、助かるか否か。


長い沈黙が続き、太陽は傾いていく。
2人とも喋らずにそのままの姿勢で互いを見る。
そして円堂の手が動く。

しかしそれが不動の手を取ったのか払ったのかは、



2人のみぞ知る。






連れ人
(世界の終りまで、お前を連れ逃げよう)







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