我儘の対価






自分が知っている苦しみを相手に知ってほしくないという思いは傲慢だろうか。
そしてそのために手段を選ばないという覚悟は、許されないものなのか?





「―――俺は、お前が嫌いだよ。円堂」
窓から月光が差し込む部屋の窓辺、ベッドに横たわる円堂とその首に手を掛ける豪炎寺がいた。
円堂は静かに豪炎寺を見つめ、豪炎寺もまた円堂を見つめ返す。
傍から見れば恋人同士の逢瀬にも見えるそれは、全く違うものである。

「…俺は、それでもいいよ」
首に掛けられた手そのままに円堂は言葉を紡ぐ。「豪炎寺がそうしたいのなら、それでもいい。俺を嫌いになってくれてもいい。だって」
「お前はどうせ死のうとしているからな」
死という言葉に、円堂の喉仏が微かに震える。
平静を装っているが今の円堂にとって今の状況は恐ろしいものなのだろうか。
豪炎寺の言葉は、それこそ死の宣告と同義のようなものでもあるだろう。
「豪炎寺、お前はなにがしたいんだ」
たっぷり20秒開けて、円堂は豪炎寺に訊く。
その言葉に豪炎寺は―――ただ綺麗に笑みを浮かべた。



「俺は、お前をみすみすと殺させるつもりはない。お前を殺して世界が生きるのなら、俺はその前にお前を壊そう」
少し強まった手と一緒に吐き出された言葉は、穏やかな声音とは裏腹に残酷な意味合いを持っていて。
「…お前は、俺を殺したいのか?」
「そんなことできるわけないだろう。何が悲しくて好きな奴を殺さなくちゃいけないんだ」
円堂はそう吐露する豪炎寺の瞳を見る。
ただ黒いその瞳からは、豪炎寺の中にどんな感情があるか窺い知ることはできない。
少なくとも、今の円堂には。



「本当は、お前の願いを聞いて…できることなら、それを叶えてやりたかった」
逃げたいのならその手を取ってどこかへ行ってもよかった。
もしも俺の手にかかりたかったのなら、…恐らくそれを聞き入れただろう。
「でもお前は本当の願いを言ってくれない。それどころか、お前はきっと不本意な事を言うだろ」
その不本意が豪炎寺にとってなのか、円堂にとってなのかも分からない。
けれども、円堂は言わないだろう。
一を犠牲に多を生かす、その信念のもとに。

「ご、うえんじ」
「だから俺はお前を壊す。せめてお前が懊悩することのないように、その心を。感情を」



最初は、円堂の選ぶ道を見届けたいと思っていた。
いつだって円堂は諦めることなく突き進み、そしてそれは図らずとも良い方向へと向かうことばかりだ。
だが、もはや今回だけはどうにもならないのだろう。
張本人である円堂が、諦めてしまったから。
自分の気持ちとは裏腹に物事が悪くなってしまうことは、豪炎寺にはよくわかる。
だからこそ、その苦悩から柵から―――円堂を救う。



豪炎寺にとっては、それこそが円堂にできる唯一なのかもしれない。





「―――」
(これが我儘なのは知っている。
でも、それでもいい。お前が自分に反して我儘を貫くなら、俺も我儘を貫くだけだ)
「ご、え ん 」



円堂にはああ言ったが、豪炎寺は円堂を嫌いになることなんて決してないと自負している。
なにもかもを諦めかけていた豪炎寺に道を示し、それだけではなく共に歩もうとしてくれていた。
嫌いになんて、なれるはずがない。



だから腹立たしいのだ。
簡単に円堂を手にしようとする何かに、ただ怒りしか浮かばない。
どちらにせよ失ってしまうのなら、抗わなければならない。
ならば何度でも豪炎寺はこの道を選ぶだろう。




「お前の欠片を、俺にくれ」
そう言って、豪炎寺は首元に当てた手を下げた。







壊し人
(その欠片を一生抱く)











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