Преступление и наказание






思えば、世界はなんとちっぽけなものなのだろうか。
たった1人の為に世界が死んで、世界の為に1人が死ぬ。

それでも、それこそが君の証でもある。







「円堂」
深夜の宿福、円堂の部屋。
その扉を叩いて入室の許可を求めたのは鬼道。
常なら身に着けているゴーグルやマントを外した姿は、あまり見られるものではないもの。
それは、つまり鬼道が身支度をせずに円堂の部屋を訪ねたということ。
「円堂、返事をしてくれないか」
コン、コン、コンと等間隔に響く音は、静謐な廊下に響く。

あの日から、この宿舎は沈んでしまっている。
自身の結末を受け入れたことによってこの島から出ることができなくなった円堂を置いて日本に帰ることもできずに、ジャパンメンバーは留まっていた。
彼を愛するが故に、悲しい結末を見届けるために。



「―――お前は、こんなにも人に愛されているのにな」
肝心の世界が、お前を愛してはくれない。
(いや、それは違うのか)
世界が円堂を愛した結果、世界が円堂を欲しているのだ。
常世の理を変えてまでも、求めるもの。
そう呟いて、鬼道はノックの手を止める。

現実から目をそらしてはならない、それを見ることができるからこそ人は強く、そしてそれを教えてくれたのが円堂なのだ。
だから、鬼道は受け入れなければならない。
この扉の、向こう側を。




カチャリ、と物悲しい音を立てて扉が開く。
その中にあったのは、静寂、虚無、そして現実であった。


…円堂は、誰にも知られることなくこの部屋からいなくなり、そして誰にも分かることなくその存在を消してしまった。
残された者に知らされたのは、円堂の姿形がこの世界から消え失せてしまったことと、あの忌まわしい火山が再び眠りについたということ。
部屋は円堂がいた時そのままに、時間が止まってしまったまま鬼道の前にその現実を知らしめる。




かつて、偉大な人物が死を迎えた場合その後を追う者がいたという。
有名なものが古代日本の天皇や、古代エジプトのファラオだ。
そして鬼道は、円堂のカリスマ性はそれに似たようなものであると捉えている。
時代が時代ならば、おそらくは殉死を選んだ者も少なくはないだろう。

―――けれど、円堂がそれを決して望んでいないことを皆が知っている。
だからこそ円堂の愛した世界を守ろうとするのだ。


円堂を守ることができなかった、その罪の贖いとして。



「お前は」
部屋にそのまま残されたシーツに触れる。
もう使われることのない、死んでしまったとも言えるそのシーツはもう温かさを包むことはないだろう。
「お前は、俺達を残した。誰にもその真を言うことなくただ1人で消えた」
そこにかつてあった温かさに思いを馳せて、鬼道は目を閉じる。
「だから、俺達は間接的にお前を守りたい。世界を守ることで、お前を守る。…お前は、どうしても俺達に助けを求めてはくれなかったからな」

目を閉じると浮かぶのは、あの純粋なまでの笑顔。
いつかは薄れてしまうのだろう、いつかは忘れてしまうのだろう。
でも鬼道は―――鬼道たちは進まなければならない。
立ち止まることは円堂が好ましく思っていないことだ。
だからこそ進むべきであり、立ち止まることはもう進むことさえできない円堂への冒涜とも言えよう。


円堂が守ったこの世界こそ、円堂が生きた証のようなものなのだ。
ならば鬼道たちが、鬼道が成さなければならないことは彼自身とも言える世界を守って、彼が愛したサッカーを守ることなのだろう。



「お前が残したものを、お前が生きた証を俺は精一杯守ろう。手に余るものでも、なんでも。

それが俺の贖罪でもある」
シーツから手を離し、立ち上がる。
つぅと頬をなぞるのは一筋の。

「だから、俺は最期の時にお前に来てほしい。どんな終わりを迎えても、それだけで俺は救われる」
そうして鬼道は目を閉じる。
まだ、自分の中の円堂は微笑んでいてくれている。




――        ――



さあ、前を見て歩こう。
前を歩んだ、彼の背を追って。





進み人
(この道の先に君がいることを望む)




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