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どうしてこの愛しさは消えてくれないのだろう


円堂守、14歳
雷門中学校在籍、2年生、サッカー部キャプテン
ポジションはゴールキーパー、同時に日本代表イナズマジャパンのキャプテンでもあり

―――そして、自分の実の兄である。




日本代表選抜が終わり、無事にというか、自分はどうやら久遠監督の設けたレースに勝ち残ったようだ。

それとほぼ同時に告げられたのが合宿での生活。

他のメンバーはそれに多少なりとも反応を示してはいたが、自分にとってそれほど大した問題でもない。

寧ろ、逆に実家に滞在するという展開が自分は恐ろしいのだ。

(だって、どんな顔して父さんと母さんに会えばいいのかわからない)


これが単に1年間の話だったのなら別に久しぶり、戻ってきたよで済む。

だが、自分が円堂家を出て海外で過ごすようになったのはそんな単純な理由ではない。


恐らく守には隠匿されているだろうが、昔―――いや、今でも自分が実の兄、双子の兄の守に抱いてはいけない感情を抱いてしまったのがそもそもの原因。

叱られることはなかった、だが両親のただ悲しげな瞳はやけに覚えている。

それからはまるで予め決まっていたかのようにすべてが順調に進んでいった。

親類に連れられて自分は海外で留学をすることを決められ、守とは離れ離れに。











そこまで至って、不意に翔はベッドから立ち上がる。

そしておもむろに口を開き―――




「いるんだろ、守」



『…翔、ちょっと、いいか?』



そう許可を求められるが、愛しい守をどうして拒否できるものか。

「あぁ、鍵は掛かってないぞ?」


そう告げると、数拍置いてドアノブを回す音が響く。

半分ほど開いたドアの隙間から、守が顔を覗かせる。


「どうした、部屋に入ってこないのか?」

「じゃあ、入るぞ」

そうして入ってきた守に、ベッドへ座るように勧める。

多少遠慮しながらも、スプリングがきかないようにゆっくりと座る姿を見て、何故だか笑みが零れる。




「久しぶり、だな。翔」

「なんだよ、守。選抜の紅白戦も同じチームだったのに今さらだろ」

そう言えば、「こうやって2人きりなのは何年ぶりだと思ってるんだ」、と呆れ顔で返される。

ああ、そうだ。この雰囲気は、昔の守だ。

「守は、全然変わってないな」

「翔は、なんか俺より大人っぽくなってないか?」

「そりゃ外国行ってたんだからな、向こうとこことじゃ全然違うだろ」

「そうだけどさー、あっ、外国のサッカーてどんな感じなんだ?」

「…すぐに食いつくのな」

「なんだよー、いいじゃんか」

「「……」」


互いに顔を見合わせた後、同時にベッドにダイブする。

スプリングが跳ねて、バウンド・バウンド。

「あー、もうとりあえずさ。俺はお前とサッカー出来るようになって嬉しいぜ、翔」

「オレだって。―――オレを召集した響木カントクに、感謝だな」

「ははっ、ホントにな」









どのくらい時間が過ぎただろうか、互いに今までの自分を喋り続けていてすっかり時間が就寝時間に近いことすら気付かないほど、翔は守との話に夢中になっていた。

そのなかで、翔は思考を巡らせる。



確かに、守との空白の時間は埋める事なんてできないし、その間に出会った守の仲間との時間を塗り替える事なんてできないだろう。

しかし、翔には最大の武器がある。

昔禁忌とされ、分かたれたその原因が同時に武器になる。





(絶対、渡すものか。守をオレから奪おうとするなんて赦さない、赦してたまるものか)


抱いてはならない想いだとは知っている、それがいかに守を傷つけるかも分かっている。

でも、もう止められないし止めようとも思わない。






「守、せっかくだから一緒に寝ようぜ。再会した記念に、さ」

「ああ!!…昔を思い出しちゃうなぁ。翔」

「そうだな、守」



「「おやすみ」」













徒花の冠
(決して実をつけてはいけない)



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