そして、だれも | ナノ
ユー・エヌ・
ねぇ、マモル。もしもこの世界に理由なんてなくなったら君はどうする?
サッカーをする理由も、笑う意味も泣く理由も、全てに付随する理由そのものが消えて、理由の理由すら無くなってしまうなら。
「――――フィディオ、どうしたんだ?」
円堂守はただただ混乱していた。
ハードな練習が今日も終わり、宿福の部屋に帰った円堂を迎えたのは、着信があったのだろうか――サブディスプレイが光る携帯であった。
多少それを気にしながらも先に着替えを済ませ携帯を開けば、そこには【着信メール1件】という表示。
そしてその差出人は、イタリアチームの副キャプテンであるフィディオその人である。
内容は、ただ一言『会えないか』だけの手短なもの。
そのことが引っ掛かりながらも、『わかった』とメールを返して久遠監督に外出の許可を求める。
却下されると思っていたが、円堂の予想は外れて返ってきたのは『遅くならないうちに帰ってこい』といった、許可そのもので。
どこに行くのかと問い詰めてくるチームメイトを納得させて、円堂は宿福を出た。
どこという指定もなかったため、ふらふらとエントランスエリアを歩いていた円堂の肩を、叩いた人物がいた。
「わっ!!?…なんだ、フィディオじゃないか!!」
「ははっ、ゴメンねマモル」
つい驚かせようと思っちゃって、と笑うフィディオはいつもと変わり無いように見えて、円堂は安心する。
――しかし、それと同時に疑問も生じる。
(なんで俺はフィディオがいつもと違うと思ってたんだ?フィディオに代わりはないのに)
それは円堂自身さえも分からない疑問、そしてそれを本当に理解するのは――
「マモル、散歩しないか?」
「ああ、いいぜ。…でも、監督からあまり遅くなるなって言われてるんだ」
「大丈夫だよ、少し…話せればいいんだ」
その時、円堂は確かに見た。
フィディオの蒼い瞳が、まるで墨汁を垂らしたように黒を帯びているのを。
「…フィディ、オ…やっぱり何かあったのか!?影山が、また――――
円堂が問い詰めようとした動きを、フィディオはそれを抱き締めることで潰す。
抱き締めるというよりも、すがり付くとでも形容できるそれを円堂はただなされるがまま。
「――――フィディオ、どうしたんだ?」
顔が見えなくては、なにをどうすることもできない。
手をフィディオの肩に乗せて押し返そうとするが、まったく動く気配はなく逆に力は増すばかり。
「フィ、ディオ、なぁ。どうしたんだよ。なんで、なんで」
心臓が早くなる、息がうまくできなくなってしまう。
抱き締められていることは円堂にとってそこまで問題ではない。
何故ならば、円堂は―――――
「この大会が終わった後のことを考えたんだ」
ぽつり、とフィディオが呟く。
声音でしか伺うことは出来ないが、円堂はそれを寂しげだと受けとった。
「大会が終わったら、マモルと俺の関係は今より薄くなって」
「キミにも俺にも新しい人間関係が広がる」
「そしていつかキミにかけがえのない人ができる」
「……俺は、マモルを想うことしかできないのに」
じわり、と円堂の肩に染み入るのは、フィディオの蒼眸から滴る雫。
それを認識して、行き場の無かった円堂の両手は、行き場を見つける。
「フィディオ、大丈夫だ。俺は今ここにいるだろ?お前の前に、ちゃんといる」
拒むのでなく受け入れる。
それでも、円堂は自分の想いを告げようとはしない。
「マモル、マモル…!!」
「大丈夫だ、俺達は確かに住んでるトコは遠くても…サッカーが、俺達を繋いでくれるじゃないか」
そう言いながらも、この言葉がフィディオの悩みに対するものではないことを薄々円堂は分かっている。
フィディオが言うのは、きっと“レンアイ”のことであってサッカー選手としての交流じゃない。
けれど、円堂は傷つけたくないのだ。
まだしっかりと固まっていないこの気持ちで、フィディオを傷つけてしまうことを恐れている。
「マモル」
「なんだよ、フィディオ」
「どうして泣いてるんだい」
「泣いてなんかないぞ」
「……ね、マモル」
「…ん?」
「この世界に、理由なんてなかったらいいのにね」
「……」
「キミを想い続けるのに理由がいる、キミと一緒にいるために理由がいる。…すごく、息苦しいよ」
「フィディオ
俺も、だよ」
U.N.×××××
(何もかもが煩わしい)
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