J or E
もしも円堂が伝承の鍵を付けてしまったら・4



*


場所は変わり、イグニート山の麓。
天と底を二分する若道であるその場所で、相も変わらずに生贄を取り合う2人がいた。
「だから、コイツは魔王様の贄にするって言ってんだろうがァアア!!こっちの仕事増やすな!!!!」
「黙れ。下劣な魔の者、この人間は我ら高貴なる天界の者の手によって魔王への花嫁になるのだ。ようやく貴様らの上司にも婚期が訪れたようだな。よかったじゃないか」
「魔王様は嫁よりも贄を欲しがってんだよォォ!婚活中みたいに言うんじゃねぇ!!」
(コイツらにも結婚とかあるのかなぁ…)
右、左、右、左、と交互に揺れ動かされる円堂は、漠然とそんな事を考える。
普通なら慄くであろう状況でも、円堂はやはり円堂であった。


「だいたい、なんで鍵が両方ともお前に渡ってんだよ…あのジジイ共…」
「えと、デスタ…だっけな」
「あァ?なんだよ」
「お前って呼ぶの、止めてほしいんだよ。俺には円堂守っていう名前がちゃんとあるんだからさ」
そんな円堂の言葉にデスタだけでなくセインも動きを止める。
円堂を凝視して、そして互いの顔を見。

突然、殴り合いを始めた。



「え、えぇぇえ?」
殴り合い、と言ってもそれぞれの拳が届くことはない。
しかしそれはどう見ても思っても、殴り合いであった。
「おいセイン、やっぱりコイツを寄越しやがれ」
「何を言っているのかサッパリだな。最初から円堂くんは天界行きだろう」
「えっ、円堂君だァ!?なに勝手に名前呼んでんだよォ!!!!」
「本人が呼んでほしいと言ったからであろう。ヘタレが」
言葉のドッヂボールと拳での殴り合いを同時に行うという高度な2人に、知らず知らず円堂のテンションは上昇していく。
宿福前で見せたあの不思議な技を見たことも相まって、興味は大きくなっていくばかりだ。
「す…」


「スッゲーな、お前たち!!」
「「!!?」」
突如叫んだ円堂に、殴り合いをしていた2人は止まる。
しかしそんな様子には目もくれずに円堂は迫る。
「お前たちサッカーだけじゃなくてケンカも強いんだな!…でも、あんまりケンカは良くないぜ?」
そう言ってそれぞれの手を円堂は握る。
デスタとセインの頬が、朱に染まった。






「…ハッ、俺のまもりゅフラグレーダーが反応している…!!円堂君がまた誰かを魅了したみたいだよ、風丸くん!!!!」
「うっさいぞヒロト!!なんだそのまもりゅフラグレーダーって!!円堂って言えよ、馴れ馴れしいそお前」
「ちょっと黙っていろお前たち!古株さんが大急ぎでキャラバンを出してくれたんだぞ!!」
「お前も十分煩いぞ、鬼道…」
場所は変わってマグニート山に向かうキャラバンの車内。
いつも賑やかなそこはもはや賑やかというレベルを超えて喧しいという次元にあった。
「…Hey、タチムカイ。このキャラバンの中はいつもnoisyなのかい?」
「いえ、いつもは円堂さんがいるからまだ静かですよ。今日はその…円堂さんいないし、鬼道さんもあんな感じだから…」
ストッパーいないんですよね、と苦笑気味に言う立向居だが、その手に握られたボールはもう破裂寸前にまで変形している。
それをみたテレスは胸を撫で下ろし、エドガーも心なしか縮こまっている。
かつて円堂を侮辱するような事を言ってしまった2人だが、正直ストッパーの円堂がいてくれていた事に感謝していた。
もしいなかったら…そんな事態は、想像したくもない。

「ま、まもりゅうううぅうぅう、俺が行くまで貞操は守り通しててねぇぇぇぇ!!!!」
「だから黙れって!!」





場所は再び変わり、マグニート山・麓から行ける道。
その先にはサッカーフィールドがあり、デスタとセインのチームメイトがそれぞれ数人いた。
「まったく…、どういうことかしらね。花嫁を連れてくるって言って出て行ったのにここに集まれなんて」
「天界の奴らも呼ばれたのかよ。デスタは何を考えてやがるんだ」
元々敵対している彼らは相手をみて愚痴る。
それでも帰ろうとしないのはキャプテン達を待っているからであろう。


「待たせたな、お前たち」
どこからともなく、セインとデスタ。そしてあと1人の姿が現れる。
そしてその人物は――――――



「…セイン、野良猫を拾うみたいに女の子を拾ってきたの?ダメじゃない」
「デスタ。あんたがまさか女の子を手籠めにするなんて」

女の子に間違われるような服を着た、円堂守その人であった。



「お、俺は女の子じゃないぞ!!ちゃんとした男だ!!」
よほど女の子と言われたのがショックだったのか、円堂は叫ぶ。
そしてその言葉を聞いて、セインとデスタ以外の人物は円堂を凝視する。
よくよく見ればその服は魔王への捧げものに着せる服が混じったものであって、要するに女の子の服であった。
だがそんな服を違和感もなく着ている目の前の存在に一同は驚愕すら覚える。
しかも可愛い。ギュエールなんか目を逸らしもせずに穴が開くほどに見つめていた。

「まあ、細かいことはいいんだ。結論から言えば、こいつが魔王様の贄なんだよ」
「嘘を吐くな。円堂くんは魔王の花嫁としてここにいる」
互いが互いに主張し、そして睨み合う。
間に挟まれた円堂はひたすらに困り顔だ。

「だが、コイツを追ってくる奴らがいる。我らが千年祭を邪魔しようとする愚かな人間達がもうじきこの山に来るだろう」
「だからこそ私たちはその人間達を先に排除し、それからどちらが真に千年祭を執り行うかを決める」
そのためにお前たちを呼んだ、というデスタにそれぞれが好戦的に、そして笑みを見せる。

「その人間達がやってきたらサッカーをしようではないか!!千年祭の前座として、盛大なる試合をしようではないか!!」
仰々しくセインが宣告したその時、「円堂!!」という叫び声が響く。

サッカーフィールドへと続く階段を駆け下りてくる一同を見て、デスタとセイン。そしてチームメイトは哂う。


円堂は、そんな彼らを複雑そうな表情で見つめていた。








Justice or Evil
(さあ、余興といこう)




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