赤ん坊のいる景色

『私』が『俺』になって十五年。
今日も昨日の続きが始まる。

爽やかな朝。
のったりと学校までの道のりを歩いていると聞こえてくるさまざまな音。
サラリーマンの急ぐ足音、学生の楽しげな声、そして、
「おがぁぁぁぁああ」
「死にさらせぇぇえ」
「今日こそテメーの終わりだぁああ」
罵声。
なんって物騒な日常なんだ…!
これが俺の生活の中で普通になっているとはまったくもって日本の治安悪化が懸念される。
そうやって日本を憂う間もなく、またほとんど大体無意識で襲い掛かってきた不良A〜Cを殴り飛ばしてしまったようだ。
倒れ伏した男達。
へんじがない、ただのしかばねのようだ。おおゆうしゃよ!しんでしまうとはふがいない!
遠巻きにギャラリーが「さすがアバレオーガ」とか言うのが聞こえた。
俺はその妙なあだ名を認可していないッ。
「ヒヒヒ、ぬしは相変わらずモテモテやナァ」
「笑ってんじゃねーよ、殴るぞ」
怖や怖やと嘯く男の銀色の頭をはたく。さすがに軽く。
下手に力を込めると仕返しが怖いのだ。精神的にくるやり方で返される。
痛いワァ、とひとしきりワザとらしく嘆いた男はからかいモードを引っ込めて、
「おはよー男鹿」
「おう」
「ベル坊もおはよ」
「ダ!」
ごく普通の男子高校生のような…それでいて爽やかさにヘタレ臭が僅かにするような…そんな口調で挨拶をしてきた。堂の入った二重人格っぷりだ。もうツッコミを入れる気にもならん。
『ベル坊』…俺の肩に乗った赤ん坊も機嫌よく片手を挙げて返す。
何故赤ん坊が居るか?…なんて事は考えても仕方ない。俺はもう考えることを放棄している。
何でか知んねーけど勝手にこの赤ん坊(大魔王の息子だと!)の親代わりにさせられてしまったのは最近のこと。
こいつのせいで昨日と今日の連続の日々にスパイスが効いてしまった。俺はそれを望んじゃいねーってのに。
「あいかわらずマッパかー…ほら、ちゃんと服着なきゃダメだろ?」
ごそごそと鞄を漁って出してきたのは赤ん坊用の服。タオル地なのか見るからにふわふわのピンクなそれにはフードが付いていてさらにそこにはウサ耳が生えていた。わあ可愛い。…別にテメーの趣味には文句は言わねえがソレをベル坊に着せる気かよ。
服を着るのが嫌なのとそのデザインが嫌なのかベル坊はぐずるが、
「はい、かんせーい。似合う似合うー」
有無を言わさず服を着せられた。抵抗をものともしない鮮やかな手つきだった。
誰かが「オカンだ、オカンがいる…!」とか言っている。テメェらまだ見てやがったか。
「うー…」
不服そうに唸るベル坊は、しかしついには諦めたのかおとなしくヤツの腕に抱かれている。
くっそ!俺が着せようとすると電撃飛ばしてくるくせに…!納得行かねー!
「…」
「何ぼーっとしてんの?遅刻するぞ」「ダァ!」
「…おう」
俺のこの不満を口に出したところでどうにもならないので、俺はほんの少し先を歩く銀髪とその腕に抱かれた赤ん坊に黙ってついて行った。

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