黒田官兵衛懐古録(2/2)

海の音、潮の香り。
昔はそんなに身近じゃなかった。今は常に近くにあって小生らを見守ってくれている。
向こう…に未練がないわけじゃあない。
置いて来た大切なモンが気にならないってんじゃねえ。
(ただ、それでも小生は)
にゃあにゃあ鳴く声が窓の外からして、つられて見れば鴎が飛んでいくところだった。
鴎、それは小生がいる軍の紋だ。
小生は鴎に命を救われた。
…ああでも、あの男には鴎じゃないもっと別の鳥の名がつけられていたか。
書類を上司のそのまた上司に届けに行って、仕事の部屋に戻って来てみれば、
「お前さんどこ行こうとしてんだ!」
こっそり抜け出そうとしている上司と鉢合わせる。
ちょっと目を離した隙にこれだ。
もう何度目だ、と考えるのも面倒になる。
「え、あー…ちょっと散歩に…」
「仕事がまだあんだろーがあっ!上に立つモンとしての自覚を持ちやがれっ」
いやぁね、分かってるよ、でも息抜きも必要じゃない。
そんな弁解をする上司を睨んでいれば、
「カンベエの言う通りじゃ。クザン、真面目にせんかっ!」
後ろからの恫喝。思わず体が跳ねた。
「あ、赤犬殿か…」
「何じゃ、まだわしに慣れんのか」
「あー、いやぁ…まぁ…」
一瞬刑部かと思っちまうんだよなあ。
こっちに来た途端枷は何故か外れ、刑部を恨む気持ちは多少は減ったが…それでも植えつけられた苦手意識ってのはなかなか……。つい身構えちまって赤犬殿に悪い気はしている。
しかしこれもそのうちになくなるだろう。
この身体に刻まれた傷が消えていくように、僅かずつでも確実に…。


そう、小生がここで生きていくうちに。









「青雉が得体の知れん男を連れて来た時はどうなるかと思ったが…」
「そうかい?あたしは心配なんてしてなかったよ、あの男はいい目をしてる」
ふう、と息を吐く男に女は微かに笑って言い切る。
間違いないと確固たる自信に満ちたその様子に男は軽く肩を竦めてみせた。
「それよりおつるさん…インペルダウンに突然現れたという不審者の件だが、」
そして口から出したのはまったくの違う内容で、それでいて今まで話していた男と関わりのある事だった。
しかし二人はそれを知らず、ただ尋問や処理など業務内容についての意見を淡々と交わすだけ。

…これは彼の知らない話。

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