彼女の大誤算

「あなたなんかに相談してもしょうがないかも知れませんが、相談してもいいですか」
オレがそう言葉を掛けると、
「前半の言葉が余計だけど…まあいいよ。メンタルケアも私の役目だからねん♪」
ソファに凭れて足を組んだ女性は引き攣らせた笑みで返してきた。
おや、何故そんな顔をするんですか。


オレは今、首縊島なんておおよそまともじゃない名前の孤島に来ている。
そしてそこで開催されている暗黒武術会なんてものにゲストとして出場させられている。
何が楽しくてせっかくの春休みにこんな野蛮な大会に出なければならないのか……そう思うが、志保利さん…母さんの命を盾に取られている以上オレに拒否権はなかった。
いいだろう拒否はしない。が、せめて文句の一つは言わせてくれ。
「少々髪が痛んでいる…トリートメントはしているか?手入れは十分にした方がいい。人間は痛みやすいからな」
こんな大会に出たせいで変態に付き纏われているのだから。それすらも許してくれないと言われたらオレはこの怒りをどこにぶつけていいか分からなくなる。
首筋をなぞる指の気持ち悪い感触が蘇り身震いがした。
「あの鳥今すぐ殺してもいいですよね」
「怖い!怖いよ蔵馬さん!疑問符ついてなかったよぉっ!?」
付ける必要…ありました?
女性が悲鳴交じりの声を漏らすのもジトッとした視線をも無視してルームサービスのコーヒーに口を付ける。ああ美味しい。
「しかしあいつがいるとオレの心が休まらないんです」
「ダメダメダメー!話が変わっちゃうじゃないのっ」
もう『オレ』が蔵馬な時点で十分変わってると思いますが。それにあなたの存在も。
彼女は浦飯チームのサポートメンバー…だが、実はオレと同じように『幽遊白書』のある世界から転生してきた人間だ。
絶世の美女で最強でしかも前世が千年以上生きた大妖怪という、設定を詰め込みすぎてキャラがまったく立たない生き方をしている。
彼女はいわゆる逆ハーを狙っているらしく、オレが蔵馬であって蔵馬でないと知られた時は悔し涙を流しながら失意体前屈を披露してくれた。
曰く「私のモテ王国の一角が崩れさった…!」…意味が分からない。
まあ、そんな彼女はもちろん、
「本音は?」
「鴉カッコいいからもったいな…ハッ!ハメられた…!」
敵だろうが妖怪だろうが顔さえ良ければ節操無く好きらしい。
頭を抱えて大げさに悔しがる彼女につい苦笑い。
せっかく顔を『目の覚めるほどの美人にしてもらった(本人談)』のに言葉や行動の端々から残念さが漂う。
きっと黙って佇んでいれば念願の逆ハーは簡単に叶うだろうに、彼女は動き喋る。なかなか難航しているようだ。
「…ふぅ…あなたが勝手にハマっただけですよ。とにかくオレは鴉を殺します。これは決定事項ですので」
「あれれー?もうこれ相談じゃなくなーい?」
「フフ…まったく…お前が私のことをそこまで想ってくれているなんてゾクゾクするよ」
「出たな変態マスク」
何普通に紛れ込んでいるんですか。何普通に「やっほー!鴉っち!」「こんばんは朱璃」とか挨拶交わしているんですかねえ。
「消えろもしくは死んでください」
「お前の愛は激しいな」
コイツ…マジで死なねえかな。
うっとり…目を細めうっとりとしか表現出来ない表情を浮かべる鳥男。
だけは整っているので様になっていると言えなくもない。性格イケメンと脳味噌すげ替えればいいのに。ほら、昔飛影に邪眼の移植をしたっていう妖怪医者に頼めば?
「愛?オレが?お前に?…あり得ない事は言うものじゃない」
「フッ…怒った顔も可愛いぞ」
「っ!いい加減に、」
「変態を相手にするな付け上がらせるだけだ」
思わず振りかぶった拳を止めたのは黒い人影…飛影だ。
昔、変態狸を相手にしていただけはありますね。言葉に重みがある。
「…飛影……すみません、ついカッとなってしまって」
冷静なお前らしくもないと飛影が零すのには肩を竦めて返す。時と場合によりますよ。
それにオレは言う程冷静じゃない、感情的な人間です。
と、ゆーワケで。
「えいっ」
「……貴様、何をしている。離れろ暑苦しい」
「すみません少しだけ」
「ッチ」
感情のままに行動してみましょう。ちっさな飛影を抱き潰…抱き締める。はー、癒される。
誰かが「蔵馬×飛影とか王道カプ美味しいです!」とか言ってるのも気にならない。これなら変態の相手も頑張れそ…
「フフフ…相手にされなくても付け上がりますよ私はっ!」
無 理 だ 。
すごく…どこかで見た事あるような反応。何だか某僧侶を相手にしている気分だ。
ダメだ、気持ち悪い。
飛影も同じ考えだったのか無表情で右手を構え、包帯に手を掛ける。
「邪王炎殺黒龍…」「薔薇棘鞭…」
「はいストーップ!!!!」
残念ながらオレと飛影の共同作業は邪魔されてしまった。
邪魔するくらいならあなたがその気持ち悪いのを処理しておいてくださいね。

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