風魔小太郎、気を遣う

これの続き

己が知っているのはこの世界のごくごく僅か、紙の上に見たほんの少しで。
主を連れているからにはこの常識の通じない場所で無茶はしたくなかった。
だからこそ、
「あー、とりあえずアレね。行き場がないってんなら保護してやるよ」
白い洋装の男の言葉は、それが監視の意味を含んだものでも都合が良かったのだ。
『此処』を知れたらすぐにでも出ればいい。それまでは精々大人しくしててやるさ。
そう思っていた。
「おつる殿」
「…ウジマサ、あんたかい」
「そ、そのじゃな…儂と…」
「何だい。はっきりおし」
「ああ、いや、青雉君に聞いたんじゃがかりんとうが好きらしいの…偶々、偶然、かりんとうが手に入ったんじゃが、その、儂とお茶でも…せんかと思っての…」
思っていたのだが。
どうやら主は此処から離れる気はないらしい。
言葉につっかえながらつる中将を誘う姿がここ最近見られるようになった。
老いらくの恋、か…。
邪魔をする訳にも行かぬ、己はこの場から立ち去るとしようか。


主の傍を離れるというのは忍としては如何なものかと思うが、己は野暮天ではない。
しかし今の己には主の護衛以外何かすべき事が他にある訳もなく、そうなると暇という事になるな。適当にそこらで時間を潰そうか。
「コタロウさーん!」
そう考えていたら少年の声で己の名が呼ばれる。
適当に歩いていれば鍛練場になっている広場まで来ていたようだ、その広場の真ん中辺りで己の名を叫びながら手を思いっ切り振ってくる姿が見えた。
何か用でもあるのだろうか。
風を巻き起こして一瞬で少年の目の前に立つ。「うわあっ」と悲鳴を上げられた。
休憩か、それとも丁度鍛錬終わりなのだろう。ぜいぜいと荒い息で地に転がる金髪長髪と違い、己を呼んだ少年は弾んだ息をしているがまだ僅かばかりは余裕があるらしい。砂塗れで打ち身や擦り傷を拵えているのはどちらも同じだが。
そんな様子の二人の上司、
「なんじゃまたおつるちゃんにウジマサを取られたか!」
中将殿は己が一人出歩いているのに気付いて何故かガハハと笑う。
違う、と言っても聞かなそうだし己は言葉を持たない。
無視する形で彼から目を逸らし少年と向き合う。
用があったか。その意味を含んだ視線に正しく気付いたらしい、
「あああの!そのっあのっ用とかないのに呼んじゃってすみません!本当にすみませんっごめんなさいっっ」
慌てふためきこちらが申し訳なく思うくらいに頭を下げる。
この無表情だ、もしかしたら己が怒っていると思われているのかもしれない。
困ったな。どうしたものか思案していると、
「コビー、こいつは別に怒ってねぇって。いい加減謝んな…コタロウが困ってんぞ」
回復したらしい金髪長髪が少年を宥めた。
「あっ、ご、ごめんなさい」
言ったそばから謝罪の言葉がもう一回。それに気付いて少年は照れ笑いを浮かべた。
それでは用がないなら立ち去るとしようか。
また適当に行くか、それとも今度は天守の上にでも……
「暇じゃろ?ちょうどいい、オマエもわしがしごいてやる。さあ!かかってこいっ!」
にかにかと底抜けに明るい笑顔で竹刀を向けてくる中将殿。
まだ何も答えていないのだが。すでにやる気満々で人の話を聞きそうにない様子に、遥か昔に固まった表情筋が苦笑いの形を作りそうだった。

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