独り身カルテット

刑部の発言は割りと突拍子もない。
いろいろと頭の中で考えてその末端のごく一部しか口に出さない。
だから聞いている側はワケが分からないのだが…そこは長い付き合いもあるし私は困った事はない。
「我に娘がおればぬしに嫁がせるのも手ではあるがナ。残念よ」
だが今日はまったく理解の範疇になかった。
ぶふぉっ、と<ぬし>と呼び掛けられた真田が茶を噴き出す。私も咽た。
猿飛はしばしフリーズしていたが間もなく復活して、
「なぁーんでそんな話になっちゃったの?大谷の旦那ぁ??」
声を上擦らせながら刑部に尋ねた。
刑部は首を傾げながら口を開く。
「よく在る話ではないか?同盟国との繋がりを深くする為に娘をやるなど。それに、」
それって人質みたいなものじゃないか…。うわあ、刑部ってビジネスライク。
「真田は未だに独り身…そろそろ嫁御を迎え跡継ぎの一人や二人は作って置かねば」
そして、にこりともせず刑部が放った言葉に反応したのはやっぱり真田だった。
「な、おっ大谷殿っ!…は、破廉恥ですぞっ!」
顔が紅潮して、真田の赤備え状態じゃないか(笑)。
って、笑い事じゃない。こんなんじゃ嫁を迎えるなんて夢のまた夢だろう。
「……話題を出しただけでコレとは真田家が断絶するぞ」
「あはは…それが目下の悩み事なんだよね…」
猿飛の疲れの滲む声色は涙すら誘うものだった。


「ふぉうふぁ、ふぉっふぁぃまうあ…」
「大将、食べながら喋っちゃダメっていっつも言ってるでしょ?」
もごもごと羊羹を頬張りながら真田が何か言おうとしている。
それを窘める猿飛は……オカンかよ!…あ、オカンですね。
「すまぬ佐助。…ごほん…そうは仰いますが大谷殿も石田殿も、あの、その…ご、ご正室を迎えていらっしゃらぬご様子、某ばかりが言われるのは釈然としませぬ」
しっかり噛んで、飲み込んで…それから真面目くさった顔で真田がぼやく。
何かと思ったら…自分で話を蒸し返しやがった。
「ほら、我は大願成就の為に生涯不犯の誓いを立てておるしぃ?ユエに嫁御を迎える事は出来なんだ…イヤ残念、ザンネン」
しれっとした顔で嘘を吐く刑部に、
「ぬぁんと!さようでござったか!!」
真田は大仰に驚いて「何とご立派な精神!」だとか言ってる。すっかり騙されている。
「大将…この人のは嘘だからね?信じちゃダメだよー?」
「フン…刑部は嘘しか言わん」
私と猿飛で否定したらちょっとショック受けたみたいな顔して、それから恨みがましい目を刑部に向けた。が、そんなもの刑部はどこ吹く風で茶を啜る。
効果がないと悟ったのか、
「石田殿は…?」
真田は私を次の標的にしたようだ。ヤツらしからぬじとっとした目で私を見てきた。
「わっ私にはいらん!よ、嫁だとか…ふしだらじゃないか…!」
「真田の大将と大差無ぇー!!」
うるさい猿飛!
だってだって!ぎゅってするのは好きだけどそれ以上とか無理だもん!
「それならっ貴様はっ貴様はどうなんだッ!」
「俺様はお三方と違って願望あるし?もしかしたら一番に可愛いお嫁さん迎えちゃうかもね」
私の事はどうでもいいんだよっ!そう思って猿飛に矛先を変えたのだがヤツはニヤニヤと笑いながら肩を竦めてきただけだった。
「…結婚は相手が居ねば出来ぬぞ?」
「アテはあるのか?」
「えー?アテって言うかー俺としてはーかすがとー…ってもう!何言わすんの!」
「貴様が勝手に言ったのだろう」
もう!とか言いながら叩いてくるな!痛ッ、肩痛ッ!!
「佐助、それはどう考えても望みが薄いのではないか?」
「…何でだろ…大将に真顔で言われるとすっごく心が抉られる」
私の肩に甚大な被害を齎していた男は、真田の何気ない一言に固まった。
冗談めかしたワケでもないその一言はヤツに大きなダメージを食らわしたらしい。猿飛は冷め切った茶を一気に煽った。ヤケ酒ならぬヤケ茶?語呂が悪い。
「はぁ…」
誰が吐いたかも分からない溜め息に場の空気はどんより澱む。
そんな時、
「お前さんら顔突き合わせて何やってんだ?」
のっそり、熊のように顔を覗かせたのは官兵衛。
「「「「…」」」」
全員分の視線が突き刺さり、ヤツは居心地悪そうに身じろぎした。
ボサボサの髪、無精ひげ、小汚い格好、そして枷(笑)。
どう考えても風采の上がらない男なんだがなぁ…
「暗の旦那が」「奥方がおって」「子供までいるのは」「納得行かぬでござる」
「いきなり何だってんだよ!!」
まったくもって世の中は不思議である。

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