たまにはこんな日も

私が男を呼びに来た時、男は暇そうに庭を見ていた。そして一つ大欠伸。
辺りには書物が乱雑に置かれている。障子戸が全て開け放たれた部屋はとても寒かった。
「みつ」
私に気付いた男が眠たげな目のまま手招きをしてくる。
何事かと近寄ってみれば、男の胡坐の上に座らされ後ろから抱え込まれた。
「温い」
「人で暖を取るな」
そう言うも男は「んー」と生返事ばかりで私を解放する気はないようだ。
「寒いなら戸を閉めろ」
「いらん。お前がここに居れば良い」
男の言葉に諦めて身体の力を抜く。そうすれば男はここぞとばかりにきつく抱き締めてきたり、髪を梳いたりと好き勝手をし始める。
うなじを撫でてきた時は思わず脇腹を殴ってしまった。相当に痛かったようで男は呻き声を上げた、が懲りずにまた触れてきたのでもう一度殴っておく。
その内に男は私の片手を取って、握ったり撫でたり眺めたりと遊びだした。
「楽しいのか…?」
「とても」
機嫌良く言う男だったが何が楽しいのか本当に分からない。
私の手と己の手を重ね合わせてみて、
「小さい」
「小さくない」
何が可笑しいのか子のようにくすくすと笑う。
いいや小さい、と男は楽しげに言い聞かせてきて、そして…と言葉を繋げた。
「綺麗だ」
一瞬何を言われたのか分からなかった。頭が理解した途端に、
「綺麗なものか」
否定の言葉が私の口をついて出て、思わず掴まれた手を戻そうとした。
しかしそれは出来なかった。男が指を絡めるように私の手を握ってきたからだ。
「何故だ」
何の気なしに問い掛けてくるこの男が憎い。
触れているのならば分かるだろうに…。
皮が硬くなったそれはとても女の手ではない。
「潰れた肉刺も胼胝もある…こんなのが綺麗なわけあるか」
思うよりも拗ねたような口調になってしまった。これでは男に笑われはしないだろうか。
案の定男は笑い、その振動が背中から伝わってくる。
空いた手で男の腿を抓れば「痛い」と尚も笑いながら言う。
「お前のそれは努力をしている尊い手だ。苦労を知らぬ手よりずっと良い、俺は好きだ」
うっとりと呟かれた言葉は甘い。
私を認める男の言葉がとても嬉しかった。
(私もお前の大きくて無骨で傷だらけな手が、好きだ)
握られたままの手を握り返す。触れたそこから気持ちが伝われば良いと思う。
「……馬鹿が」
「何だ、照れているのか?」
男が耳元で囁くように問うてくる。
私はこうしているだけで胸が潰れそうな程緊張しているのに男は余裕の態度だ。
悔しかったので身体の向きを変えて正面から壱矢に抱き付いてやった。
そうしたら壱矢は驚きで目を見開き、それから優しく笑った。


襖越しに垣間見る二人の様子。何とも甘ったるい空気が漂っている。
これは不可抗力なんだ!小生だってしたくて覗きをしてるんじゃない!!
「ああん!奥様ったら大胆!!」
「旦那様今よ!押し倒せ!!」
身悶える女中らには呆れの溜め息しか出ん。
「…みつのヤツ、小生が壱矢殿を呼んで来いと頼んだこと完全に忘れているな」
そう、みつが小生の言い付けを守ればこんな変態行為しなくて済んだんだ!
今日も不運は絶好調ってか?チクショウ!
「シッ!黒田様、お静かに願います!!」
「そうです!旦那様と奥様のお時間の邪魔はなさらないでください」
「…お前さんら、仕事はどうした」
矢鱈に真剣な目の女中らに制される。
武人の小生すら気圧される妙な迫力がその目にはあった。
「「そんなことよりこっちの方が大事です!!」」
息の合った二人に頭が痛くなった。
「……さいで」
小生も嫁さんが欲しいと思った今日この頃。

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