「女」

妻はよく笑う女だった。

綺麗な着物を着て上品に微笑むよりも、日の下を駆け大きく口を開けて笑う方が似合う女。
己が未だ卑賤の身で身分的に釣り合わなかった時分。
そんな己に親の反対を押し切ってまで嫁いでくれた。
「抜けてきちゃった。責任取ってよね」
そう言って笑う女はこの身を焦がす程に…愛おしかった。
気が強く、貞淑な妻とは程遠い彼女。
軍を大きくしようと働き詰めで体調を崩した時は、ちゃんと休め、と怒られ殴られた。
弱音を吐いて辛く当たったときも、気合いを入れろ、と喝を入れられ殴られた。
…殴られてばかりだな。
そして、妻は弱音を吐かない強い女だった。
初めて弱音を聞いたのは「あの時」で、それが最期だった。
「痛い、痛いよ。…ねえ、お願い、私はもう助からないから、貴方の手で して欲しい」
頷けば、女は大輪の花の咲くように笑った。
そんな時にも、この女には矢張り笑顔が似合うとつくづく思った。
「ありがとう。…ずっと見てるから、日ノ本が一つになったところを必ず見せてね」

や く そ く よ 、  

雨がぽつりと落ち、女の目から涙のように流れた。
そして、


我は 妻を 殺した


…今になってあの名を聞くとは思わなかった。
あれの存在を知るものは少なく、知っている者は誰も口にしない。
特にあの男は頑なに、あれが存在しなかったかのように振舞う。
長い間聞く事など無かった大切な、大切な名。
それを
「許せぬ」
知らぬ者が口を出すなぞ、理解せぬ者があれを語るなぞ。
「許さぬ」

必ず贖って貰おうぞ…その、命で。

(13/29)
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